十五の三 うっすら見えた

文字数 1,768文字

 カンナイが降りたった校庭の片隅を目ざす。
(青い小鳥もカラスもいない……。

校舎の反対側のバックネットから、切羽詰まった気配が届く。そっちまで逃げたのか、追いつめられたのか?)

 誰もいない校庭を横切る。太陽が照りつけるだけだ。
夏奈ちゃーん!
 雌カラスをまいたのか、ドーンが上空から俺を追い越す。でもバックネットの向こうから、カンナイが現れる。
ハシボソ待て
……空での喧嘩はまだ無理

 ドーンが羽根を傾けて逃げだす。カンナイは俺に気づくはずなくドーンを追いかける。二羽のカラスは町なかに消える。


 俺は地面に顔を戻す。

桜井どこだ!
松本君、ここだよ
 一塁側のコンクリート製のベンチの下から、彼女の声がした。
怖くてなにもできなかった。だいぶやられた
……。

 俺は片羽根をだらりとさげた青い小鳥を持ちあげる。両手に抱える。

 幻影である桜井を抱きかかえる。

イタタ……。もう大丈夫よね
 シャツが裂けるほどに傷を負っているのに、無理して笑いかけてくる。……カラスが飛んできて、二人だけの時間はすぐに終わる。幻の彼女は傷を負った小鳥に戻る。
四神くずれがまた浮かんでいるぜ
 ゴウオンがあざけるように舞う。
まだ元気ってことかい。私がもうすこし痛めつけるよ
 ヂャオリーがくちばしを向けて降りてくる。
……。

 俺は心底怒っている。こいつらは許さない。左手で小鳥を胸に抱き、右手で木札をだす。

 たとえ異形の姿であろうと、こいつが死んだら俺も死ぬぞ。

プルプル、プルプル
カカカッ
……!
……発動


給受・九天応元雷声普化天尊

 護符を無理やり発動させる。桜井へと飛びこむヂャオリーに木札を向ける。


 向けただけだ。

クッ
 一言もらし、雌カラスは地面に落ちる。身動きしなくなる。
お、おい、ヂャオリー。……いきなり抜け殻かよ。


…コノヤロウ

 バックネットにとまったゴウオンは俺をにらまない。小鳥へだけ、仲間を失った憎悪を向ける。
サッ
 俺は木札をかかげる。

ゴウオン、やめろ。


やはり異形は化け物だったか……。誘ったのは俺だ。俺が責任を取る

プルプル、プルプル
 カンナイが一直線に俺達へと飛ぶ。護符は激しく発動している。どんなに秀でたカラスであろうと、こっちの世界にかなうはずない。
 
 桜井へたどりつくことなく、カンナイは声もたてずに地面に落ちる。かすれた白線のネクストサークルの横で動かなくなる。
うっすら見えるぞ……
……。
怒りで姿を現したのかよ。……まるでミョウオウ様だな
 お前だって怒りで震えているだろ。生き残りのカラスとにらみあう。やがてゴウオンは飛びたつ。
うう……
もう大丈夫だよ

ガシッ

 誰もいなくなった校庭で、気を失った人である桜井を抱きしめる。
そのハシブト達は抜け殻だよな。哲人の仕業かよ
 小学校の校庭に戻ったドーンが上空で騒ぐ。カラスは死骸のことを抜け殻と呼ぶのか。魂の抜けおちた殻か。
……着地する。ミスったら受けとめて
 ドーンが俺めがけて滑空する。俺を越えて、ピッチャーマウンドの上につんのめるように降りる。振り返る。
しかし殺すかよ。二羽も……
……。
いやいや哲人サンキュー、いやドンマイ
……。

……こいつらからは余裕で逃げられたけど、降りかた分かんなくてさ。で、ハトの着地を観察してきた……。

哲人のところまで飛ぶぞ。


バサッ、ストン


さっきはブレーキのタイミングが遅かった。コツはつかんだ。もう大丈夫に決まっている

 小鳥が俺の胸もとで目を開ける。

小さめだから和戸君だよね? 飛んでるし。ハハハ……


松本君が倒してくれた。

私ら昼はつらいっぽい

バサバサ

……哲人が怒るわけだ。夏奈ちゃんまで抜け殻になるなよ。哲人、なんとかしろよ

バサバサ

桜井は異形だから……きっと治るよ。おい茂って涼しげな木陰に行こう
 異形である俺がそう告げる。
カラス達をどかしてあげよ。埋めるの無理でも
ああ。(俺達は人だから、そうすべきだよな)
野球少年もかわいそうだしな。哲人、いつまでも悪い。

バサリッ

 ドーンが高く飛ぶ。
桜井をここじゃない場所へ連れてからだよ
 照らしつける太陽は俺達の敵だ。俺は小鳥を抱えたまま死骸へと手をあわせ、ふわふわと校舎側へと戻る。

 仲間同士で必死に飛んだカラス達はもういない。報いを受けるべきことをした連中だとしても。

 校庭を囲むように、ミンミンゼミ達が鳴きはじめる。





次回「本心は一羽邪魔だ」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色