四十四の二 死なせないよ、絶対に

文字数 3,737文字

ひゅ~
べちゃ
いたた……なんて奴だ
キキキ
(露泥無である闇が薄らいでいく。コウモリが俺達を見おろしている。サキトガは巨大でなくなった)
露泥無!

(察した白猫が飛びでる。珊瑚が濡れたように光り、闇へと祈り始める。俺は彼女の盾となる……。

 露泥無のせいで地上戦じゃないか。藤川匠がゆっくり歩み寄る)

やっぱりサキトガはその姿が似合う。傷ついたためだとしても

(藤川が涼しげに笑う。

 俺がまずすべきこと。サキトガを倒し、ドロシーを復活させる。

 コウモリめ降りてこい

『おっしゃるとおり俺はダメダメですよ。もう姿も隠せませんし』
(こいつは俺の心の叫びを聞き流しやがった)
『祓いの者に喰らった傷だから、癒してもらっても簡単には治りません』
……。
心を読めなくなった?

(つまりサキトガは無力。……露泥無が言っていたな。魂だけのドロシーでも俺の呼び声に応えるかもと)

『貉も適当だな。だったら呼んでみろよ』

やっぱり聞こえた

(サキトガはこういう心には即答する)

『さっきは、たまたま貉の声が聞こえただけ。覗き見していやがると小突いたら、怒りに満ちた松本が現れて腰が抜けかけたよ。キキキ』
私はよく分からない異形のために祈ります
うう……授かると分かる。想像以上に鮮烈な、身を削る祈り……
 俺も心を込めて叫べ。
ドロシー!

『もっと精魂を込めな』

くそぅ

(サキトガが俺へと笑い、ふいに目をはずす)

『匠様。松本が不思議がっていますよ。楊偉天と手を組むなんて、生まれ変わって脳みそが腐ったかと』
……たしかに
(そんなことは思っていない。サキトガは宙に浮かぶ老人を一瞥し、)
『ロタマモの代わりに諫言しますよ。こいつらは悪人ですって。ロタマモの仇である松本よりも、この爺さんこそ倒すべき存在です』
……。
(思いだした。使い魔達は楊偉天の仇敵だ。邪悪同士でいがみあう存在だった)
(鏡から這いでた老人が笑う)

ヒヒヒ、蝙蝠よ、ひさしぶりだな。


お前も死者の書で調べたぞ。人を喰らう真の魔物が改心したとはな。

藤川よ。それを知ったからには、儂はこいつを許す。それこそが書の導きだ

……。
……。

横根ありがとう。新月の僕はすでに回復した

(改心ってなんだ? サキトガは俺の心に答えてくれない)
『俺なんかまで調べちゃったの? キキキ、死者の書に囚われちゃったの?』
(老人へと笑い、主である藤川匠へ目を戻す)
『ロタマモはこいつを許しませんぜ。人を異形に変え、失敗すれば鬼や鴉の餌だ。

 2,1,0』

さっ
(サキトガは飛んできた炎をさらりと避ける)
ちっ
……そおっと
『土壁、いまのはモーションの少ないエレガントな攻撃だったな。竹林やめろって。念波は復活しているぜ。跳ねっかえしがなければ、いまの俺でもお前に勝てる。


 匠様、耳の穴は開いてますか?』

(藤川匠はサキトガに目を向けない。地上からどけられない俺だけを見ながら)
お前の進言はまだ聞かない。

僕は知らないとならない。なぜ、いまの世に東洋のはずれの豊かな国に転生したのか。この国でなにをすべきなのか

(剣を両手で持つ。

ゴク

 俺へとかまえる)

楊さんの死者の書。もしくは神殺の鏡。その導きを受けてみよう。そのために松本から青龍の光を取りもどす

“ヨロヨロ念のため教えておく。四玉がなかろうと、師傅がいらっしゃれば人に戻れる可能性はある。

剣に護布をかけずに四神の光だけを裂く。師傅も試したことはないが、うまくいけば人間と化すヨロヨロ”

(……大人だった思玲が言っていたな。護布をまとわぬ月神の剣で、俺達に宿した異形だけを消せるかもと。荒っぽいやり口だと。

 それを藤川匠ができるというなら……、青い光を失ったら俺は終わりだ)

(空から星が消えていく。風が強まる。

 夏奈は抱きあった俺と横根に感づいたみたいだ。嫉妬心だろうと、ようやく龍は天下へと目を向けた。ならば俺はなにも知らなくていい。ここにいる全員を倒すだけ)

 腹からリュックをだす。
露泥無、やっぱりこれを守って
 つまり四玉も。復活したかも分からない闇へと声をかけて、俺は立ちあがる。
…………頼られるとは感涙だ。大姐の名に懸けて守り抜く
(ドロシーのリュックが闇に消える。完全なる闇に化したな。天珠が俺から離れていくのを感じる)
ヒヒヒ、覚悟を決めたな
ようやく始まりだ
『はーあ、こんな共闘をロタマモも見ずに済んで良かったですよ。もちろん俺は一番の駒になりますけどね』
(藤川匠が俺へと駆ける。上空では、老人が杖をかかげる。コウモリは不満げだ)
くだらない人間だらけだ……まだ来ないのかよ。見た目など気にすることねーぜ
野犬は黙れ!


……横根は俺に頼れよ。もっともっと

え?
……うん!
わあ!

(白猫が俺に飛びこむ)

わあ!

(彼女の魂が俺に抱きつく)

……いまだけ松本君の彼女だよ。ぜ、絶対に死なせないよ、絶対に!
 
ピカン!

わあ

(横根の感情が炸裂する。彼女が手にした十字羯磨が光る)
わあ
(俺達は白く輝く結界に包まれる。ピュアだけど強い結界だ)
無駄だよ
グワサッ……
ツルン
ヒヒヒ
グサグサグサ……
ツルン
(破邪の剣が結界を両断する。俺は上空に逃げる。すぐに結界に包みなおされる。楊偉天の朱色の光を跳ねかえす)
……。

 浮かぶ老人が俺達の横に現れる。杖をかかげる。

法具の仕業か。

白虎くずれめ。いや、沈め!

わあ

(楊偉天が杖をおろす。結界が粉々に砕ける。

 ……俺達は無傷だ)

ツルン

(結界は次の瞬間に復活する)
松本君、分かるよ!
え?

(横根が俺を見あげる)

川田君達はあそこだニャ!

(舞台の下を指さす。

 俺にはなにも分からない。当然そこを目指す)

バウ
(獣人達が陣を組む。首がひとつだけになった巨大な犬も移動しやがる。そいつへと独鈷杵を投げ、まがまがしい五叉槍にはじき返される)
 
 
ははっ、待ってられねーぜ
(隻腕の異形も闇から姿をだす)
コ・ウトウ、一緒にやろうぜ
バウ
(土壁が魔道具をかまえる)
火焔嶽!
なんじゃこりゃ!

うわあ

(異形の犬二匹が放つ炎が合流して……焔暁の強火クラスだ! 避けきれない。結界の中で護布を前にまとう)
ゴオオオオ
うおおお!

(灼熱を突破する。溶けた結界は瞬時に復活する。焼けた体も回復していく。あばら家がとばっちりを受けて燃えだす)

土壁やめてくれ! 儂の言葉に従え
ギュッ

 上空でまた老人が騒ぐ。

 横根は目をつむっている。

とお!
ギャー
(俺は独鈷杵を投げる。獣人が一人消えただけ)
 俺は振り向く。
 

(藤川匠は剣を空へとかかげていた。またも煌々と輝く。

 その光に従うように、嵐の兆しがおさまっていく。また夏奈が遠ざかる)

『キキキ、横根瑞希。これぞ本物の結界だな』
(上空でサキトガが笑う)
『だけど松本から青い光が去っていくまで、あと51秒。50,49…』

(俺に惑わしはきかないだろ。まずは川田とドーンを助ける。

 燃えた廃屋が周囲を照らす。黒煙のさきで陽炎の結界が揺らいでいる……)

“ドーン……”
哲人…”

“松本君、もうみんな無理かも”

“俺はまだあきらめない。全員で人に戻る……”
“松本君、もういいって”
 前回のバッドエンディングなど思いだすな。
へっ
……。
キキキ
カカッ
ヒヒヒ……

(前方には土壁、背後には藤川匠。上空にはサキトガ、竹林、楊偉天……。目が痛い。

 なにも考えるな)

川田! ドーン!
私の感が高まっている
(白猫が顔だけをだす)
あそこだよ、絶対に

え?

(伸ばした爪で指し示されても、どこだか分からない)
サキトガは避難しろ。お前が死ぬとヤバいのだろ?
『匠様を置いてですか?』
“シャツが破けようと気にしなくていい。……気をつけてね”
“ドロシー。

 使い魔の片割れに逃れられたら、彼女と二度と会えないかも。……いま何よりも救うのは、大切なのは”

余計なことを考えるな!

ガリ!

(白猫が爪で俺の頬を掻く)ヒドスギ
二人はここ!
 十字羯磨をくわえた白猫が飛びおりる。
(俺を包む結界が消え、結界に包まれた横根が駆けていく。白猫は土壁の振りおろした火焔嶽をはじき返す。獣人達の足もとをすり抜け、)
ドン!
 結界にはじき飛ばされる。
見つけた!

ブンブン

ドーン! 川田!

ブンブン

きゃっ
出会いがしらだ~

ブンブン

(俺は独鈷杵をぶんぶん振りまわしながら進む。

 結界をはたいたようで、小柄な大カラスが地面に転がる。獣人達が俺に恐れをなしやがる。転がるように道を開けた)

ブンブン

邪魔するな!

おっかねぇ
バウバウ
ゴオオオオ

 土壁すら後ずさる。巨大な犬だけが激怒の面で炎を吐く。

とお!

(俺は護布を盾にする。紅蓮の炎へと独鈷杵を投げる)
 
グサッ
キャイン……
(灼熱が遠ざかり、犬は溶けて崩れていく。手に法具は戻ってくる)
あわわ……
 白猫は恐怖の面で俺を見ている。……いや俺の背後を。

 上空からのカウントダウン。

『2.1.ジャスト』
ズサン

(むき出しの背中に衝撃を受ける。なのに痛くはない)

……。

……あれ?

サキトガ、道しるべなどぐちゃぐちゃの世界だね

え? え?

(涼しげな声)
一撃で決められなかった。切断したのは弱い異形の光だけだ
 火災の熱が背後をあぶる。赤い灯が灯るだけの真っ暗な世界。視力が人並みに戻っている。俺の体から異形の力が消えたから……。
(右目の痛みは消えて、人としての痛みが全身に復活していく)



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