四十四の二 死なせないよ、絶対に
文字数 3,737文字
(露泥無である闇が薄らいでいく。コウモリが俺達を見おろしている。サキトガは巨大でなくなった)
(察した白猫が飛びでる。珊瑚が濡れたように光り、闇へと祈り始める。俺は彼女の盾となる……。
露泥無のせいで地上戦じゃないか。藤川匠がゆっくり歩み寄る)
やっぱりサキトガはその姿が似合う。傷ついたためだとしても
(藤川が涼しげに笑う。
俺がまずすべきこと。サキトガを倒し、ドロシーを復活させる。
コウモリめ降りてこい)
『おっしゃるとおり俺はダメダメですよ。もう姿も隠せませんし』
『祓いの者に喰らった傷だから、癒してもらっても簡単には治りません』
心を読めなくなった?
(つまりサキトガは無力。……露泥無が言っていたな。魂だけのドロシーでも俺の呼び声に応えるかもと)
やっぱり聞こえた
(サキトガはこういう心には即答する)
『さっきは、たまたま貉の声が聞こえただけ。覗き見していやがると小突いたら、怒りに満ちた松本が現れて腰が抜けかけたよ。キキキ』
うう……授かると分かる。想像以上に鮮烈な、身を削る祈り……
『匠様。松本が不思議がっていますよ。楊偉天と手を組むなんて、生まれ変わって脳みそが腐ったかと』
(そんなことは思っていない。サキトガは宙に浮かぶ老人を一瞥し、)
『ロタマモの代わりに諫言しますよ。こいつらは悪人ですって。ロタマモの仇である松本よりも、この爺さんこそ倒すべき存在です』
(思いだした。使い魔達は楊偉天の仇敵だ。邪悪同士でいがみあう存在だった)
ヒヒヒ、蝙蝠よ、ひさしぶりだな。
お前も死者の書で調べたぞ。人を喰らう真の魔物が改心したとはな。
藤川よ。それを知ったからには、儂はこいつを許す。それこそが書の導きだ
(改心ってなんだ? サキトガは俺の心に答えてくれない)
『俺なんかまで調べちゃったの? キキキ、死者の書に囚われちゃったの?』
『ロタマモはこいつを許しませんぜ。人を異形に変え、失敗すれば鬼や鴉の餌だ。 2,1,0』
『土壁、いまのはモーションの少ないエレガントな攻撃だったな。竹林やめろって。念波は復活しているぜ。跳ねっかえしがなければ、いまの俺でもお前に勝てる。
匠様、耳の穴は開いてますか?』
(藤川匠はサキトガに目を向けない。地上からどけられない俺だけを見ながら)
お前の進言はまだ聞かない。僕は知らないとならない。なぜ、いまの世に東洋のはずれの豊かな国に転生したのか。この国でなにをすべきなのか
楊さんの死者の書。もしくは神殺の鏡。その導きを受けてみよう。そのために松本から青龍の光を取りもどす
“ヨロヨロ念のため教えておく。四玉がなかろうと、師傅がいらっしゃれば人に戻れる可能性はある。
剣に護布をかけずに四神の光だけを裂く。師傅も試したことはないが、うまくいけば人間と化すヨロヨロ”
(……大人だった思玲が言っていたな。護布をまとわぬ月神の剣で、俺達に宿した異形だけを消せるかもと。荒っぽいやり口だと。
それを藤川匠ができるというなら……、青い光を失ったら俺は終わりだ)
(空から星が消えていく。風が強まる。
夏奈は抱きあった俺と横根に感づいたみたいだ。嫉妬心だろうと、ようやく龍は天下へと目を向けた。ならば俺はなにも知らなくていい。ここにいる全員を倒すだけ)
つまり四玉も。復活したかも分からない闇へと声をかけて、俺は立ちあがる。
…………頼られるとは感涙だ。大姐の名に懸けて守り抜く
(ドロシーのリュックが闇に消える。完全なる闇に化したな。天珠が俺から離れていくのを感じる)
『はーあ、こんな共闘をロタマモも見ずに済んで良かったですよ。もちろん俺は一番の駒になりますけどね』
(藤川匠が俺へと駆ける。上空では、老人が杖をかかげる。コウモリは不満げだ)
くだらない人間だらけだ……まだ来ないのかよ。見た目など気にすることねーぜ
……いまだけ松本君の彼女だよ。ぜ、絶対に死なせないよ、絶対に!
わあ
(横根の感情が炸裂する。彼女が手にした十字羯磨が光る)
(俺達は白く輝く結界に包まれる。ピュアだけど強い結界だ)
(破邪の剣が結界を両断する。俺は上空に逃げる。すぐに結界に包みなおされる。楊偉天の朱色の光を跳ねかえす)
わあ
(楊偉天が杖をおろす。結界が粉々に砕ける。
……俺達は無傷だ)
(舞台の下を指さす。
俺にはなにも分からない。当然そこを目指す)
(獣人達が陣を組む。首がひとつだけになった巨大な犬も移動しやがる。そいつへと独鈷杵を投げ、まがまがしい五叉槍にはじき返される)
うわあ
(異形の犬二匹が放つ炎が合流して……焔暁の強火クラスだ! 避けきれない。結界の中で護布を前にまとう)
うおおお!
(灼熱を突破する。溶けた結界は瞬時に復活する。焼けた体も回復していく。あばら家がとばっちりを受けて燃えだす)
(藤川匠は剣を空へとかかげていた。またも煌々と輝く。
その光に従うように、嵐の兆しがおさまっていく。また夏奈が遠ざかる)
『だけど松本から青い光が去っていくまで、あと51秒。50,49…』
(俺に惑わしはきかないだろ。まずは川田とドーンを助ける。
燃えた廃屋が周囲を照らす。黒煙のさきで陽炎の結界が揺らいでいる……)
(前方には土壁、背後には藤川匠。上空にはサキトガ、竹林、楊偉天……。目が痛い。
なにも考えるな)
え?
(伸ばした爪で指し示されても、どこだか分からない)
“シャツが破けようと気にしなくていい。……気をつけてね”
“ドロシー。
使い魔の片割れに逃れられたら、彼女と二度と会えないかも。……いま何よりも救うのは、大切なのは”
(俺を包む結界が消え、結界に包まれた横根が駆けていく。白猫は土壁の振りおろした火焔嶽をはじき返す。獣人達の足もとをすり抜け、)
ブンブン
(俺は独鈷杵をぶんぶん振りまわしながら進む。
結界をはたいたようで、小柄な大カラスが地面に転がる。獣人達が俺に恐れをなしやがる。転がるように道を開けた)
ブンブン
邪魔するな!
土壁すら後ずさる。巨大な犬だけが激怒の面で炎を吐く。
とお!
(俺は護布を盾にする。紅蓮の炎へと独鈷杵を投げる)
(灼熱が遠ざかり、犬は溶けて崩れていく。手に法具は戻ってくる)
白猫は恐怖の面で俺を見ている。……いや俺の背後を。 上空からのカウントダウン。
(むき出しの背中に衝撃を受ける。なのに痛くはない)
……。
……あれ?
一撃で決められなかった。切断したのは弱い異形の光だけだ
火災の熱が背後をあぶる。赤い灯が灯るだけの真っ暗な世界。視力が人並みに戻っている。俺の体から異形の力が消えたから……。
(右目の痛みは消えて、人としての痛みが全身に復活していく)
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