七の二 そこまで怒らないで

文字数 2,622文字

 
 
(レトロな冬服のセーラー服で三つ編みの女子高生と、三十代ぐらいのスーツ姿の男性……)


成仏してください。成仏してください

成仏してください。成仏してください
 俺はまた両手を合わせる。横根も横になったまま、頭の前で前足を合わせる。

馬鹿じゃないのかい。

私が生まれる前からの怨霊に言葉が通じると思うのかい?

さっきの人間まで逃げればよかった。あの女はいけ好かないけどたいそうな奴だろ?

(思玲のことを言っているのか)
でも声をかけたからおしまいだ。すごいのに憑りつかれたね
……ハッ
 死臭を感じた。
 

 サラリーマンの霊が俺に手を伸ばしていた。

わあ
 俺は急いで浮かびあがる。
 
やだああ!

 横根は軽やかに女子高生の霊から逃れていた。玉砂利の上を駆けて、野良猫のいる塀へと向かう。

こっちに来るな。


……畜生、目が合っちまったじゃないかい

子どもは嫌いだ。

子どもも大人も、みんな大嫌いだ

フワフワ(空に逃げても追ってくる)
 俺もふわふわと野良猫のもとへ向かう。横根はまさに猫そのもので、生け垣から灯篭へ、門へと飛びのり、
助けてよ

私はただの猫だ。どうやって助けろというのだい。

お前さんは半分は妖怪変化だろ? あんたらのがずっと力がある。

くそったれ、寄ってくるな

 
ヒイイ

 浮かんできた女子高生の霊を避けて、野良猫が地面に降りる。白猫があとを追う。

 女子高生の幽霊は宙に浮かぶ俺に気づく。

……。
……かわいい


ずっと一緒にいようね

ゾワゾワゾワ……?


ドクン

(手の中の木札が、ずしりと存在感を増した……。そうだった、俺はたぶん大丈夫だ。だったら横根を守らないと)


横根、こっちに来い

生きているものはすべて嫌いだ
フー

ガリガリガリ

ソノスキニ

松本君!

服に入れ

(思玲がドーンを隠せと言った。それなら猫も隠せるはずだ)

や、やだよ
(横根はこの状況下で恥ずかしがる。今なんて猫と妖怪だろ。かまわず帯をほどく仕草をするけど……フンドシぐらいしているよな)
猫ちゃんも一緒にいよう
フギャー!
 横根が悲鳴をあげて俺へと飛びこむ。抱えると胸もとで白猫が消える……。
(これは。横根の人としての魂を感じまくる。というより……)
 人である横根が、全裸で目の前にいた。隠そうともせずに、俺を見てきょとんとしている。
……。
 彼女の目線が下にずれる。
(俺も本来の体で裸かよ!)
 横根より先に股間を隠してしまう。……今はそれどころではない。頑張って外だけに意識を向ける。
『目をつぶっているからね』
 おなかから横根の声がする。
チラ(そっちに意識を向けるな、俺)
 外だけに集中。

急いで追いはらうから我慢してね

 見えない服を押さえながら、木札を突きだす。
ピタ

……大きい猫でいいや

 
なにもかも許せない
ゲッ(目が絶望で塗り固められている)


こっちに来るな。火伏せの、土着の札だぞ

それは神様か? 神様なんて大嫌いだ。

困りきった俺を助けてくれなかった

『どういう状況なの?』
 返事どころではない。目の前にいるのは、まさに怨霊だ。俺の首へと手を突きだしている。木札があろうが体中が震える。
成仏してくれよ。俺にはお札があるんだよ。

お願いです。消えてください

 怨霊から目をそらすことも体を浮かすこともできない。鐘楼(しょうろう)の石垣まで追いつめられる。
プルプル、プルプル
 手の中の木札が怒りに震えているようで、それも怖い。
お前も俺と同じになれ
わあ!
 幽霊にのしかかられる。俺は目をつぶり、小さな木札を盾にする。

 発動!


給受・九天応元雷声普化天尊
ぎぎゃあああああ!!!
ナ、ナニ?
 俺の中で横根が震える。
……。
ぐおおお……
 サラリーマンの幽霊はもだえ苦しんでいた。両手で自分の顔をかきむしりながら体を溶かしている。
た、助け……
 幽霊は崩れおち、なおも地面を転がり悶絶する。俺の存在に気づき、助けを求めるように手を伸ばす。口からどす黒い液体が流れる。
ゆ、ゆるし……
 
 目を見開いたまま消えていく……。
……。
シーン
『松本君、なにがあったの? お願いだから教えて』
 横根がまた声かけてくる。俺は木札を握りしめるだけだ。
『松本君、私はでて大丈夫なの?』
はっ
 再びの横根の声でわれに返る。おぞましいものを目の前にされて、茫然と自失していた。
チラ
 あられもない彼女に意識を向けたいけど、
まだ悪霊はいる
 俺はあたりを見まわす。
ふう、やれやれ

 正門から白い影が飛びこんできた。

 ふさふさの毛をたなびかせて、野良猫が俺達へと走る。

おとなの男の霊は?
消えた
あんたが消したのかい? そんな力があるのに、なんで私なんかを呼ぶのだい

(呼んだ? さっきも言っていたな)


俺が(猫など)呼ぶわけないだろ。それより女子高生の幽霊は?

ジョシコーセー? (さか)りのついた女のことだね。あれはしつこいよ。あいつも消しておくれ。

ほら、また来やがった

 
(あんな悲惨な光景は二度と見たくない)

 俺は幽霊が触れないようにと木札をしまう。

 野良猫は目ざとく気づく。

あの娘も隠したのだね。お前さんは人に見えず、フクにしまえば、あいつらにも見えなくなる。

ニヤ

私もかくまっておくれ


ドン!

キャア

(俺のお腹に体当たりしやがった。横根の魂がよろめいたぞ。……こいつ、生身のくせに俺に触れられる。思玲と同じだ。でも、長い毛に木っ端をからませた薄汚い体を腹に入れられるか)


キック!

呼んでおいて、それはないだろ

ドサ

クソ
 俺は余裕で押したおされる。こいつは害意がないから(ドーンが爪をたてて俺によじ登ると同じ理屈だ)、木札が発動しない。
『ま、松本君。私がでるから、おばさんを隠してあげてよ』チラ
(余計なことを言うな……)
 女子高生の幽霊は目の前にいた。
一緒に行こうよ

シッポヲ、ムギュ

フギー!
うおっ
 野良猫が絶叫して、俺の中に無理やりもぐりこむ。帯がほどけた感じがして、
あっ

 白猫と木札と、木の箱が露わになる。


 遠くで風の音がした。

ヒュー
ヤバイゾ

 突風が近づいてくる。俺はあわてて箱を服で覆う仕草をする。

 箱も横根も消えたけど……。

な、なにが来るのだい?
ヒュー
 生暖かい風が境内を一周する。砂煙があがる。
……。
……。
 境内の灯篭に、黒いなにかが舞いおりた。
 遠目にも異様なまでにでかいカラス。

思玲の奴は、また結界にもぐっていやがるのか?

カッ、いつまでも隠れていろ。四玉を渡すまで、おもての奴をひとつずつ殺していくだけだ

 響きわたる声……。

 流範に見つかってしまった。





次回「境内の異形と野良猫」

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