七の二 そこまで怒らないで
文字数 2,622文字
俺はまた両手を合わせる。横根も横になったまま、頭の前で前足を合わせる。
死臭を感じた。
サラリーマンの霊が俺に手を伸ばしていた。
俺は急いで浮かびあがる。
横根は軽やかに女子高生の霊から逃れていた。玉砂利の上を駆けて、野良猫のいる塀へと向かう。
俺もふわふわと野良猫のもとへ向かう。横根はまさに猫そのもので、生け垣から灯篭へ、門へと飛びのり、
浮かんできた女子高生の霊を避けて、野良猫が地面に降りる。白猫があとを追う。
女子高生の幽霊は宙に浮かぶ俺に気づく。
横根が悲鳴をあげて俺へと飛びこむ。抱えると胸もとで白猫が消える……。
人である横根が、全裸で目の前にいた。隠そうともせずに、俺を見てきょとんとしている。
彼女の目線が下にずれる。
横根より先に股間を隠してしまう。……今はそれどころではない。頑張って外だけに意識を向ける。
おなかから横根の声がする。
外だけに集中。
見えない服を押さえながら、木札を突きだす。
返事どころではない。目の前にいるのは、まさに怨霊だ。俺の首へと手を突きだしている。木札があろうが体中が震える。
怨霊から目をそらすことも体を浮かすこともできない。鐘楼 の石垣まで追いつめられる。
手の中の木札が怒りに震えているようで、それも怖い。
幽霊にのしかかられる。俺は目をつぶり、小さな木札を盾にする。
俺の中で横根が震える。
サラリーマンの幽霊はもだえ苦しんでいた。両手で自分の顔をかきむしりながら体を溶かしている。
幽霊は崩れおち、なおも地面を転がり悶絶する。俺の存在に気づき、助けを求めるように手を伸ばす。口からどす黒い液体が流れる。
目を見開いたまま消えていく……。
横根がまた声かけてくる。俺は木札を握りしめるだけだ。
再びの横根の声でわれに返る。おぞましいものを目の前にされて、茫然と自失していた。
あられもない彼女に意識を向けたいけど、
俺はあたりを見まわす。
正門から白い影が飛びこんできた。
ふさふさの毛をたなびかせて、野良猫が俺達へと走る。
俺は幽霊が触れないようにと木札をしまう。
野良猫は目ざとく気づく。
俺は余裕で押したおされる。こいつは害意がないから(ドーンが爪をたてて俺によじ登ると同じ理屈だ)、木札が発動しない。
女子高生の幽霊は目の前にいた。
野良猫が絶叫して、俺の中に無理やりもぐりこむ。帯がほどけた感じがして、
白猫と木札と、木の箱が露わになる。
遠くで風の音がした。
突風が近づいてくる。俺はあわてて箱を服で覆う仕草をする。
箱も横根も消えたけど……。
生暖かい風が境内を一周する。砂煙があがる。
境内の灯篭に、黒いなにかが舞いおりた。
遠目にも異様なまでにでかいカラス。
響きわたる声……。
流範に見つかってしまった。
次回「境内の異形と野良猫」