八の二 腹の内は見せないように

文字数 2,447文字

くちばしの前に来い。いつでもつつき殺せるようにな
ハイハイ

…チラ

?(なにかアイコンタクトをしたみたいだが、暗くて妖怪の目でも理解できない)
キジムナーのくせに嘘をつくのか
……。
チラチラ、アッチダヨ
……?(フサフサは眼光でまだ伝えようとしている。お爺さんの霊が消えていった方向を示しているようだ。墓地になにかあるのか? それとも……)
質問スルーかよ
ハッ

悪戯のつもりだったんだ。だから許してください。(キジムナーになりきろう)

北国生まれはろくでもないな。立って腹を見せろ
おなかが痛いんだ(思玲が現れないかな)
『お守りは?』
(そうだ、それがあった)
今の声はなんだ
(耳ざとい奴だ。とにかく木札)
 俺は服の中に手を突っこむ。
『きゃっ』
(いまの感触は……それどころではない)

どこだよ。探せよ

『松本君の体が邪魔だよ』
(照れている場合じゃないだろ)チラ
おい猫。俺の股の下に来い。

キジムナー、いい奴だろうが許さないぜ

俺はキジムナーじゃない
 時間稼ぎの言葉しかだせない。見えない手を見えない襟からだし、見えない膝を抱えなおす。……都合よく思玲など現れない。絶望への時計が確実に動いている。

人の子とでもいうのか? カカカ?


……たしかに人間にも感じる。お前はなにものだ?

(返事などしない。時間だけ過ぎて)いてっ、
 硬いものにはじかれて俺は転がる。顔を上げると巨大なくちばしがあった。……頭蓋骨の痛みがじわじわとひろがる。
(怨霊のときみたいに護符が発動してくれない)
次はつつくぞ。そこに四玉があるのだろ
(流範のくちばしからは残飯のような匂いがする。……木の箱をだせば、みんな人に戻れない!)
 俺はうつぶせになり、ぎゅっとかたまる。
『やっ』
『わお』
 横根の魂を押し倒す形になる。
(外にだけ気を張れ。俺がやられたら横根もだ)
……仕方がないな。

キジムナーを殺すとしばらく夢見が悪そうだが、体を消せば隠したものが露わになるな

(思玲は現れない。護符は守ってくれない)

ま、待ってください!

松本君、私でるよ

ザケンナ
 俺はさらに強く腹を抱える。横根が俺から逃れようともがく……。頭を硬いもので挟まれた。乱暴に持ちあげられる。

やっぱり隠していたな。モゴモゴ

青龍の娘か?

クソ
 激しく揺すぶられ、
ストン
 白猫が飛びおりる。
(横根の馬鹿野郎……)ギュッ
 木の箱まで落ちないように、身軽になったおなかを抱える。流範のくちばしが開き、俺は落とされる。

白虎のでき損ないだと? そんなのを大事に隠していたのか。ザンネン

ならば、四玉はどこだ

知るか!

 俺は横根の前にでる。でも横根はさらに俺の前に駆けだし、背中を丸めて毛を逆立てる。

松本君を責めないで!
思いだした。木だかなんだかのオサラだよね。あれのことだったのかい
オサラ?
でも私を見逃して、その娘猫も殺さないでおくれ。そうしたら教えてやるよ
(この猫は大嘘つきだ。だけど横根をかばってくれた…オレハ?)
答えるまで端から殺すほうが早い
し、白猫を助けるのなら、俺も教える

なり損ないをなんで守るんだ。こいつら数日たてば

 それは言うな!

助けないのなら、死んでも教えない!


(おのれの言葉だけをつなげろ)


ありかは……、俺とフサフサしか知らない

カカッ。どっちかを見せしめで殺せるな

そ、それは駄目だ。それだと……


(頭をフルシフトしろ。言い訳をこじつけろ)


埋めた場所は猫のおばさんだけが知っていて……、箱をだす呪文は俺だけが知っている!

だから俺と猫で案内する

ギョッ

このために呼びだしたのかい? ……なんでこんな目にあわされるのかね。長生きなどするものじゃない

 うんざりした顔になるけど、
付き合ってやるさ。所詮、野良猫なんていつ死ぬか分からぬ運命だしね。ニヤリ

俺を挟んで会話するな!

お前はその呪文を用いて、人を喜ばしたり困らせたりするのだな

(嘘が通った!)
それはどこにある? 同時に言ってみろ
墓地だ!
ハカバだよ

うっとうしい奴らだが、まだ生かしてやる。案内しろ。

白猫は俺の背中に乗れ。穴熊は巻き添えを嫌うからな

(人の盾かよ。それで飛ぶつもりじゃないだろうな)
大丈夫だよ
 横根はためらうことなく大カラスの背中に飛び乗る。
 流範が羽根をひろげる。片側だけでも大人が横になったほどだ。ぎろりと見おろす。

もっと爪を立てろ。お前のなどかゆくもないし、落ちたら逃げたとみなすからな

貴様らが先に行け

ヤレヤレ
……。
 俺とフサフサは命ぜられるままだ。野良猫が辟易とした顔で墓地へと向かう。俺はそのあとを追う。背後で飛びたった気配がした。
 墓地への小道は街灯がうっすらひとつ照らすだけだ。
(お化けカラスにせっつかれて、いずれはばれる嘘を抱えこみ、深夜に野良猫と墓地に向かうなんて、そんな日を想像すらしなかった。昨日の今ごろはコンビニでレジを打っていたのに)
本当はお前の中にあるのだろ?
ツン

(こいつになんか真実を伝えるべきじゃない)

言わないであげたよ。恩に感じな
(誰が野良猫なんかに礼を言うか。そもそも、あんなのばらしたも同然だ)

ハカバは道が入り組んでいる。

でかい奴は小回りがきかないから、うまくすれば松本哲人でも逃げられる。ジューショクどころか野良犬相手に通用したしね

分かっているよ。あいつは耳がいいから気をつけろ。


(上空を見上げても。大カラスがどこにいるか分からない。

いざとなったら墓地を逃げまわる。思玲が来るまでラリーを続ける……。見事なまでに消極的作戦だ。それより、なんで護符が発動しない。お爺さんの霊の場合は、当初は俺に害意を持っていなかったからだろう。今回は敵意のかたまりなのに、お札は俺の保護を放棄している…………)

 懐に手を突っこむ。木箱が手に当たるだけだ。奥まで手を入れる素振りをする……。

 服の中をかきまわす。

なにをしているのだい? あいつは目もいいから気をつけておくれ
(木札はどこにもない……。この野良猫が俺の服に入りこもうとしたときに落としたのかも)

 絶望へのカウントダウンが一気に進む。





次回「墓場の異形と野良猫」

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