四十三の二 朝空遠からず
文字数 4,218文字
叫んでしまう。護符を持つ俺が手をだしたら、横根はおそらく死ぬ。
振り向くと、師傅は楊偉天を抱き寄せていた。
月神の剣が楊偉天を眉間から刺し抜いていた。楊偉天の杖は、師傅の胸に押しあてられていた……。
生暖かい風が俺の横を過ぎる。風が師傅の頭を飛び蹴りする。数メートルもはじかれ、そのまま動かない。
……焔暁が地面を歩き、師傅を見おろし笑う。燃える足で踏みつけようとする。
羽根をばたつかせて歩いて逃げる。
拳をかかげて上空へと跳ねる。
たやすく逃れた竹林の声を聞きながら着地する。
パン!
俺は結界に飛び乗り、はじき返される。すぐに起き上がり、護符を握った手で結界をぶん殴る。はじき返されても、なおも殴りつける。……拳の骨が砕けそうだ。それでも殴り続ける。
思玲の声が聞こえた。結界がついに割れる。
答えるよりはやく、結界が再生される。あやうく手が挟まりかける。閉ざされた結界を俺はまた殴る。
焔暁がまた俺を笑う。俺は殴るのをやめる。
焦げた護符に礼を述べる。思玲を閉じこめる結界に押しつける。奴らへの怒りをこめる。
空間にひびが入るなり割れていく――。すぐに再生しようとする結界を、両手で無理やりひろげる。
思玲を抱きあげる。閉ざされていく結界から引きずりだす。
黒目がちな瞳で、師傅の名を聞いてくる。
俺は彼女を抱きしめながら、手のひらを開ける。
視界の隅で、流範が舞いあがる。
剣が風へと向かう――
二羽の大カラスがフェンスを突き破り、闇へと消える。
師傅はうつぶすように力が絶える。
思玲が俺の腕をはらいのける。
立ちあがり扇をひろげる。焔暁へと亮相にかまえる。
直撃を受けた焔暁が、ドアを突き破り屋内に飛ばされる。ガタガタと音をたて、階下に転がっていく。
思玲は割れた眼鏡を投げ捨て、俺へと振り向く。
パシン
思玲がおおぶりな剣を片手に持ち、
俺は彼女の背にうなずく。俺達に師傅の死に寄り添う時間はない。
思玲が扇をたたみ、横根へと向ける。
亮相にかまえる。術を受けた横根がのけぞる。
思玲が破邪の剣で亮相にかまえる。見えない光を浴びて、横根がまたのけぞる。
俺は横根の手を包み、無理やりこじ開けようとする。
思玲がやさしく抱きしめる。
川田……
(吠えて叱咤する子犬を直視できない。人間の子どもですら勝てそうな図体なのに、なんで戦い抜いて、なおも戦いつづけようとするのだ。
こいつこそ抱きしめてあげて、ミルクを飲ませて温かいタオルで寝かしつけてあげたい……)
横根の足もとに草鈴が落ちている。もうこたえてくれる相手もいない笛だ。しゃがんで拾うと、川田が足を引きずりながら寄ってきた。
閉ざされた目の子犬が訴える。
思玲が月神の剣と七葉扇を両手にかまえ、俺達と楊偉天のあいだに立つ。俺は子犬を横根の前へと差しだす。
そのすぐ後ろで、子犬が横根の頬を舐める。
横根が泣きながら崩れ落ちる。
子犬が俺の手から飛びおりる。
次回「ファイナルカウントアップ」