十五の三 桃畑の八人

文字数 3,332文字

(桃の熟した香りのなかで、装甲をまとった馬は静かにたたずむ。街灯の明かりがかすかに差しこんでいる)
この異形は松本哲人だ。私達は大変な目に遭ってきた
そうか、それは大変だったな。俺達も大変だった
て言うか、この人誰? ここって道から丸見えじゃね?
ふん

ホジホジプチプチ

……。

(俺はこれまでの経緯の説明にじれている。ケビンも思玲も端折るし、ドーンはくちばしを挟むし、フサフサは他人事のように爪を伸ばして鼻毛を抜いているし……、爪が伸びた?)

 露泥無が俺をちらりと見た。
僕が話をまとめる。


まずは思玲達だけど、彼らは東京で――

おお

(彼女がみなをさえぎる。露泥無は俺達のこれまでをケビンに伝え、ケビンからは本隊のこれまでを聞きだす。さらには七月末の俺達の有り様までも伝える。さすがは沈大姐の式神だ。ずっと覗いていたからこそだけど)

チャドさんも殺されたというの。十四時茶会のメンバーさえ……
……。
十四時茶会ってなに?
大姐は狩りのためにいた。だけど僕の必死な嘆願に――
ピク
(ドーンが露泥無に説明を求める。露泥無はスルーする)
悪い異形ならば食い殺そうが文句ないよな。

ハッハッ

楽しみが増えた

(川田が俺へと笑う。それも無視する)
……。
……。
(前の記憶を共有する俺と思玲、フサフサさえも黙りこむだけだ。峻計と、おそらくツチカベ。あの野良犬は劉師傅に結界を突き破るほどに殴られたが、異形と化して生き延びたと思うべきか。

……さらには魔道士が二人いる)

お坊さんは知らぬ。だが眼鏡で静かな男なら、間違いなく張。


いまの私では分が悪すぎる

ポト
わあ

バサバサ

(カマドウマが落ちてきて、頭上のドーンがのけぞる)
アンディは無念だったな

ん? ほらよっ

謝謝
人が育てたものを……

(ケビンが桃を食べながら言う。物欲しげな思玲へと、もう一個もいで投げる。露泥無へと目を向け、皮を吐き捨てる)

上海。アンディの式神は?
ピョンピョン
ヨタカダッタラ、ウマソ

タカは両方死んだが、オニハイエナは四頭野ざらしだ

(跳ねる虫を目で追いながら露泥無が答える)
降伏したハイエナどもを、ツチカベが連れかえった。

でも峻計の目にかなわなかったようで、連中は山に戻った。あの鴉は、鬼が十二体いても使えなかったのを知っているからな。邪魔なだけだ

……モグモグ
ニヤッ

そして蒼き狼は一匹狼と化す。香港が異形を日本に放ったな

……。
(思玲とドロシーが息を飲んだ)
……私はアンディにいつも言った。あさましい連中を式神にしないでと

スタッ

……。
ケビンお願い。奴らを処分して。アンディの名誉のために。

でも雅だけは――

…モグモグ
(彼女は男へすがりつこうとする。男は桃を食うだけだ)
無理だよ。

ニヤニヤ

若手グループが一人死亡で済んだのだから、良しとしないと。今夜はこもって明朝に帰りな。

専用機は関空だっけ? 遠いね

……。

ポイッ

ガブロ!

テクテク…

 男が桃を投げおとす。

 鋼をまとった馬が彼へと静かに歩み寄る。

俺はアンディの式神くずれを処分する。お前達は香港に戻るまで結界にいろ
 ケビンの手に槍があらわれる。ドロシーとシノにふるう。
 
……。
 

(彼女達は姿隠しの結界につつまれて見えなくなる。


 ケビンが残ったものへ目を向ける)

なおも分からぬことが多い
(槍も向ける)
貴様達がいないと単純になる
ブルブルッ

力ある者よ、我を手に護れ戦え

!!!

えっ?

(俺の服の中で木札がうずいた)
()! 
ビク
……。
(結界が粉々に砕け散る。ドロシーが両掌を蟹型にして、印を結んでいた)
我が五感は結界に閉ざされることなく、我が力は閉ざされるほどに高まる。忘れたか
(彼女は夜叉のごとくケビンをにらむ)
……それほどとは知らなかった
(ケビンは俺達に槍を向けたまま言う)
ヒャッハー、ガブッ
邪魔だ
 闇から猟犬が飛びでる。首をかばうケビンの腕に噛みつき、鋼のごとき筋肉にはじきかえされる。猟犬は俺の横に戻り、姿勢低くうなる。

ウー

固い奴だ。ドーンと思玲は猫が抱えて逃げた

え?

(川田がケビンをにらんだまま俺に告げる)
あの猫は、松本の願いにどんどん感づくようになってきたぜ
(ドーンと思玲を守りたい。たしかにそう思った。川田も守りたい、とも思ったけど)
ケ、ケビン……。僕は沈大姐の式神であって
(露泥無が腰を抜かしながら言う)
だから?
へ?
(ドロシーも指揮棒を露泥無に突きつける)
雅達も松本達も殺させない。でも上海の覗き見野郎だけは消す。こいつは異形のくせに異形の気配がない。人の形になるとなおさら気色悪い
…………。
よせ!

殺すなら私達が去ってからにしろ!

殺させねーし。助けてもらっただろ
(桃畑のどこかで思玲が叫ぶ。

 ドーンの声もした)

私はどっちでもいいけどね。

いまは痩せた黒猫じゃないしね

なんて奴だ
(夜の畑には桃の香りと肥料の匂いが入り混じり広がっている。人の耳には聞こえぬ声達も)
お願いだから、これ以上敵を増やさないで
……。
……。
それに、いやしい覗き魔はあいつら……

アーメン

……アンディも望まぬか
…弱いよ

(シノは胸にまた十字を描く。

 ケビンの手から槍が消える。ドロシーは、なおも露泥無に指揮棒を向ける)

犬笛がある。

鷹笛も。彼の形見として燃やせなかった

 シノがバッグを開ける。
 
異形の鳥や犬を呼び寄せられる
ヘヘッ。これがあるなら、まだ可能性がある
声を抑えろ


この異形達は本隊が消滅したことを知った

(ケビンは言葉を連ねるのが面倒そうだ)
俺が立ち去れば、こいつらも寝返るかもしれない
……。

(俺でも分かる。この男の懸念は、俺達のメンバーの一部を見れば至極当然だ。 

 ケビンがドロシーに体を向ける。コガネムシがたかる腐った桃を足でどかし、)

誰が妖魔と戦える? 心も行動も筒抜けだ。


最低限の人と動き。シンプルにすべきだ

…でも、松本達を殺させない
(またも静かすぎる闇。さっき俺が考えこんだ末の結論も、ロタマモ達には丸見えだったのか。思玲もドロシーも反論できない)
こ、こいつらは僕が抑える。

松本は、僕に後ろ盾があることを理解している。だから僕は重要だ

ヨイショ

俺?

(露泥無が立ちあがる。泥がべったりついた尻をこする)

それに使い魔どもには今の僕達は見えていない

モゾモゾ

(パンツのポケットからなにかを取りだす)
ジャンジャジャーン♪
天珠(ジー)
しかも緋耀石で作られている。

近辺にうろつく邪を妨げるだけではない。離れていれば、ロタマモの千里眼から姿を隠せる。近づかれても心を読ませない。サキトガの念波さえ多少は妨害できるはずだ

(人を追いこむカウントダウンのことか。さきほどの恫喝の秒読みなんかでなく、前回の奴は起きるべき事象を予測していた。
 露泥無が居合わせるものを見わたす)
天珠は対であるけど、香港にも台湾にも渡せない。松本が持て

ポイッ

わっと

(俺へと放り投げる)

これで、こいつも重要だ
(筒状に加工された赤色の石だ。表面にはシンメトリーな幾何学模様が曲線と直線を織りまぜて、白色に焼きつけられている)
もうひとつはドロシーに渡せ
灯すよ
(ケビンの手にまた槍が現れる。ドロシーもさらに指揮棒を突きだす。なんて奴らだ)
渡すかよ
うわ

(露泥無が溶けていく。スライムが黒猫の形になる)

これで天珠は僕の体の中だ。僕を殺して奪っても、穢れて役立たずだ
チッ
 ケビンの手から槍が消える。
フサフサ、降ろせ。喧嘩にならなそうだ
(思玲のもがく声がする)
ふん
ストン
(カラスを頭に乗せて、少女を抱えた白人女性が戻ってくる。思玲が腕からすとんと降りる。

 ケビンは異形達をしばし見わたす。その後にシノを見つめる)

奴らからあたえられた任務は、思玲を捕らえること。

お前達は、それに反したことをしている。こいつらは信ずるに足るか?

うん
シノに聞いた。お前は異形に贔屓する
……。
(傷ついた桃を探してドウガネブイブイが飛んでいる。シノも強くうなずく)
あなた達が目ざす険しき高峰の先は
(シノが俺を見る)
アンディと八達の復讐につながる。アンディ達の無念を晴らすのを、私はあなたにも託したい
……。
……。
……。
……分かった


(いま夜半を過ぎた。妖怪である俺には分かる。ここからが本当の、百鬼がつどう前夜祭だ。俺もうなずきを返す)



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