三の三 箱に集う三人

文字数 1,935文字

スーリン!
ヒラリ
(ドーンが飛びかかるのを、女の子はひらりと避ける。俺はドーンをあきれるなんてできない。こいつの目に涙が浮かんでいるから)
腑抜けの哲人など不要だ。だが選択の猶予を与えてやる
ドロシーなりジュンジーなりに拷問を受け無残な骸をさらすか、二たび異形と化すか決めろ。

我々と行かぬならば、すぐに立ち去れ

(俺の部屋だろ。マジで実家に逃げ去ってやろうか……。キスマークは完全に取れてないと言ったよな。故郷にまで追跡されて拷問されるかも)
そこに行けば記憶が蘇るのだろ。

帰省の予定でバイトも休み入れたし(こいつらのせいで勉強も身に入らないし)、箱を開けるのを付き合うよ。

いまさら茶番でしたなんて言うなよ。マジで怒るからな

 俺の選択肢はひとつしかない。あまりに現実感がないままに、とりあえず同意する。
カカカッ、哲人が怒るとおっかないなんて、みんな知ってるしね
(ドーンは俺の決断を当然のように受けいれていやがる)
ここから先は茶化すな。

私はおとなの衣装をまとうゆえ、すこしだけ待ってくれ。

お前らのスマホと財布を預かるぞ

(スーリンが着替えや俺達の所持品を抱えて、ユニットバスに入る)
キャンキャンキャンキャンキャンキャン!
リクト、迎えにきたのではない。あっちを向いていろ





 

この話が事実だとして、ドーンはなんで行けるんだ
 俺は木箱の前に座り、友へと最大の疑問を尋ねる。だってカラスになるのだろ?
俺はなにも起きないと思っている。スーリンちゃんの夢物語が終わるだけだと思う
 異国の魔法使いに会っていようが、そう思いたい。
カカッ、記憶が復活すれば分かるって。……俺だって、あっちにいたときは二度と戻らないと決めていたけどな
(ドーンも木箱をはさんで俺の前にしゃがむ)
瑞希ちゃんは最後まで付き合ってくれたんだぜ。川田は、子犬になってもいつも最前列だった。

……彼女がいた身でも、桜井の笑顔はヤバかったし。哲人にはもったいないぐらいに……。


カカッ、あっちにいこうが、まわりの景色は変わらないからな。あまり期待するなよ

待たせたな
(待たせもせずにスーリンがやってくる)
すまぬが哲人のいないときに見分させてもらい、お前の服から選ばせてもらった。

最後に着ていたジャージはださいし、ネット通販で買ったひらひらの服より、こっちのが実戦的だ。

哲人と背丈が違いないのは知っているからな

(俺の一番お気に入りのポロシャツをだぶだぶに着て、俺のとっておきのジーンズを引きずって現れやがる。俺の名義を使いネットで買ったブラジャー(Eの85)まで、ご丁寧につけてやがる。

俺とドーンのあいだに座る)

みんながお化けにチェンジして、それからどうするの?


(俺からの当然な問いなのに)

ここで聞くなよ。こんなの勢いだろ
ワア

(俺をにらむドーンの目は狂気じみていた。この先に起きることを、本気で恐れて耐えている)

……スゥ
 その横でスーリンが一度だけ深く息を吸う。
瑞希ちゃんは絶対に猫のままかな?
 女の子の姿のうちに念押ししておく。茶番でなければ、この子もじきにおっかないお姉さんになるのか。それとも、
彼女が人としてあっちにいたら、スーリンちゃんは猫になるかもね
ギクリ
(女の子が露骨にぎくりとする)
……やめてくれ。私はすでに腹をくくった。哲人こそ、おのれの身辺に起きたことをろくに聞かずに行くではないか――。

あやうく忘れるところだった。和戸、明かりを消してクーラーも止めてくれ

はいはい
ドアも半開きにしろ。万が一、哲人が人の作りし力に悶絶しても逃げられるようにな
(なにそれ?)
テキパキ、テキパ…
カカカ…
(ドーンはてきぱきと動き、また座る。俺へと恐怖と覚悟が六対四の目を向ける)
 
サッ
 
ガバッ
ヒッ
 
……。

(いきなりスーリンが木箱のふたを開ける。金属の箱がでてきて拍子抜けする)

カカッ、もうじき和戸駿という存在は消滅する。ある意味、完璧なフリーダムじゃね
(ドーンが引きつった顔でうそぶく。
 存在がなくなるって、俺もかな。俺もだよな)
和戸、もう一度だけ言っておく。タイムリミットは二日だからな。私だけが戻るなど選ばぬぞ

 スーリンが青錆びたふたも開ける。

(俺はなにも聞いていない。二日を過ぎればどうなるんだよ。でも、もはや黄色の布の中で、四つの玉のうち二個だけが輝いていた)
(赤色と白色に……。かすかにだけど、残りの玉も色づいている。黒色と青色に――)
フワフワ…
 黒い光が巨大蛍みたいに、よろよろと俺に向かってきた。
 それを押しのけるように、透けるほどにブルーの玉から澄んだ光が俺へと飛びこむ。
(シャワーを浴びたかったな)
 そんなことだけを考える。
カカカッ

 ドーンのやけっぱちな笑い声だけが聞こえて、人としての俺が消える。





次回「大峠のお婆ちゃん」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色