三十九の三 使い魔さえも予測不能

文字数 2,560文字

……。
……。
どうして松本が風軍に乗っているの?
(ドロシーは目をひろげている)
違った。どうして哲人さんが空から私を助けるの? アトラクティブすぎる!
わあ

(彼女が俺を押し倒す。不安定な空の上でよろめく)

あ、危ないからやめて。

(手すりのないアトラクションだ。危険すぎる)

いやだ

よ、呼ぶのも松本でいいよ

(いずれ俺はただの人間だ。さっきの駐車場が、記憶からも消える別れとも覚悟していた)

いやだ。だったら哲人にする
……。
(ドロシーはさらにしがみついてくる。

 くっついている場合じゃないし。……サキトガはどこだ?)

『照らしやがって。目が見えなくなったぞ。念波でしか追えない』

(上空から聞こえた。

 その声に、ドロシーが俺を見る)

おなかが空きすぎて力が入らない。なのに哲人に伝えないとならない。

事前にごめんなさい

(俺へと頭をさげる)
私はケビンに殺される。もう香港に帰れない。張麗豪を逃がした。邪魔した上海と琥珀にむごいことをした。それから哲人を助けにきた

(……コメントできない。事実ならば、もはや彼女は誰にもゆるされない。でも、なんのために。

 ドロシーが顔をあげる)

……。
ドクン
 彼女の眼差しに鼓動が高まる。俺しか彼女を助けられない。……横根を守るより先に、アグレッシブに、
サキトガを倒そう。できれば麗豪も
(はお)

だから人の言葉を混ぜると聞き手が混乱するっていうかなにげに器用

(彼女がうなずく。手にMP5が現れる)

ママの形見を使う。リュックは?
どんどん声がでかくなる……

(巨大なサキトガは中身の正体を知り、壊すこともできずに捨てた)

『キキキ、哲人が処分したかもな』
『梓群の古い下着が匂って辛かったらしいぜ』
……。
『いまも臭くてたまらないらしいぜ。梓群から人間の血と汗の匂いがするってな』
…………。
(至近から、奴の声がいくつも聞こえる。ドロシーが青ざめた顔で俺から離れる)
ギュッ

信じるな。まやかしだ

(彼女を引き寄せる)

『そいつに幻想を持つなよ。お前のパパとは違うからな』
(呼ぶ声のターゲットは、またもやドロシー)

『哲人の直近のお相手は、梓群とおなじ年の子だし』

……。
……。
(……特定の相手がいないのだから、その辺の話は問題ないだろ。でもドロシーに伝わるのはつらい。

 なんて思ったら、

『決まった彼女がいなければ好き放題らしい』

『バイト先の子だけど、彼氏がいるなら後腐れないと判断』
……。
(声が畳みかけてくる。俺が標的になった)

『近しい娘には手をださない嫌らしさ』


『自分の部屋に持ち帰らない周到さ』


『ちなみに、その前のお相手は二十七歳

……。
……。
(遠くで花火が上がる)

見てごらん。きれいだよ

……。
……。

我が主の先日のお相手も二十七歳だったよ。僕にだけ秘密で教えてくれた。

哲人は、八十近い梁大人みたいにもてもてだね

(風軍まで聞いていやがる。

 ……。

 ……。

 ……大ワシは平気で飛んでいる。猛禽ならではの直感で、攻撃はないと分かっている……。

 サキトガが心理攻撃しかしないのは、あの光で目をやられたから。回復されるまえに――)

風軍、黙って
(ドロシーが俺を見つめる)
本当なの? おじいちゃんみたいに女性を取っかえ引っかえなの? 真面目そうで清潔そうな顔して、それも手なの?
(だから心理攻撃に引っかかるな。事実だけど
んなの関係ねえら!

(方言がでてしまう)

いまはサキトガを倒すだけず、だけだろ

……。
(ドロシーは俺を怪訝に見ている。……ここに夏奈と横根がいないのが救いだ)

『梓群。哲人は横根瑞希と桜井夏奈に暴露されるのを恐れている。お前に聞かれただけで助かったらしいぜ』

なんて奴だ

だから?

ギュッ

(ドロシーが闇空をにらむ。覚悟したように俺の手を握る)

哲人は私のボーイフレンドだ。もう私以外とキスしないのだから、過去など不要だ。

……過去なんか、すべて不要だ! 聞かされても平気だ!

え? え?

(なにもない空がどよめいた)

スタッ
 
 
シャツ
(ドロシーが立ちあがる。上唇を端から端までゆっくり舐めて、下唇を噛む)
消すほど照らせ!

わあ、わあ

(ドロシーが七葉扇を空にふるう。怒りのこもった光がはるか上空にまで届く)
 
ギ!
ギ……
怖い!

(……俺達のまわりには小さいサキトガが多数まとわりついていた。光にかき消されていく。妖魔の悲鳴も聞こえる。風軍が怯えて下に飛ぶ。俺はよろめいた彼女を支える。

 ドロシーは俺をにらむ)

でも反省はしろ。癒しは返してもらう

(俺が着る父の服に口をつける。

 なぜに反省の必要が……、いきなりだ。人に戻ってから無理し続けた全身が、本来の感覚を取り戻す)

うわあああ

(俺は羽毛の中をのたうちまわる)

ほ、本当に取れちゃった……。

そんなにだったの?

 
(ドロシーが俺を抱く。

 彼女が真珠のピアスをはずす。……黒い雲がドロシーの光を消そうとしている)

『フロレ・エスタスよ、来るな』
(サキトガが叫んでいる。雷雲がうずまいている)
怖い。逃げるよ

(風軍がなにかに感づく。速度が一気に上がる。

 俺は隠されていた苦痛に耐えられず、反吐を吐く。

 ドロシーがその口をぬぐう)

昼になれ!
(また空へと扇をかざし、俺の頬をさする)
この強くて優しくて情けない人間に、二度と消えないほどに、本当の癒しを授ける。

だから、これからはお互いだけを見る

 
(俺の髪もさする。緊張した彼女の顔が近づいてくる。俺は拒絶できない。こんな上空にカラスなど飛んでいない。……雨が降りだした。彼女の光はかき消されていく)
 
 
 
 
え? え?

(互いの唇が重なった瞬間に痛みは霧散する。

 服越しとは違う。これは祈りだ。横根から受けた祈りのように、傷が根源から癒される。いまは人間なのに……。

 おのれの血さえも戻ってきた。大蔵司の血の力が消えていくのを感じる)

……すごい。哲人経由で力が戻ってきた
(顔を離したドロシーが真顔になる)
私も穢れていた。でも消えた。あの血はやっぱり妖――
ピカッ
 
へっ

(最初の落雷が彼女を照らした。豪雨が俺とドロシーをみるみる濡らす。

 盆地の夜景はなおもきれいだ。風軍は雨をはじきかえすから、羽ばたきは強いままだけど、このいきなりの雷雨は)

もうやだ
『本当にお前達は予測不能だな』
(見えないサキトガがあきれ声をだす)
『龍を呼びやがって。しかも逆鱗に触れやがった』



次回「再会して修羅場」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色