四十 導きがあるのならば

文字数 3,643文字

“もう私はどうでもいいんだ”
“哲人さん”
松本君、目を覚ましてよ
 悪夢を見る間もなく、俺は起こされる。横根瑞希の声だ。
横根…………?
……。
……。

……。

………………。

(目を開けると、指揮棒の提灯を持った女子中学生がいた。こんな山奥で、夏服のセーラー服)

わ、私、こんな格好だけど人間になったと思う
(髪をシンプルに左右に結んだ中学生の横根が言う)
ドーン君の声が聞こえなくなったから。たぶん琥珀も見えないと思う
スーピー、スーピー

(胸のリボンの中心で赤い珊瑚が輝いている。その肩には鳩ほどの大きさの猛禽がとまっている。

 疲れ果てた風軍は、横根の肩を止まり木に選んだ。彼女はそれにも気づいていない)

(展望台と記された立札があった。その向こうは真っ暗闇だ。ドロシーの灯し火が俺と横根を照らすだけ。ほかのみんなは無事だろうか?)


あの二人は?

キョトン
 腰をあげながら尋ねる。中学生の横根がきょとんとする。人の声で聞きなおす。
川田とドーンは? 思玲は? 琥珀は? 露泥――
! 大丈夫?
(血でむせび、横根が背中をさすってくれる)
ス、思玲は張麗豪を追った。ドーン君は川田君を探しにいったよ。さっき戻ってきたけど、言葉が通じなくなってまた飛んでいった

(この状況下で、川田め。俺はもう歩けない。ドーン達が来るまで、ここで横根を守る。それまでは横になろう。

 横根が不安そうに俺を見おろす)

ドロシーは?


彼女が琥珀達に何をしたか知っている? 思玲とケビンが烈火のように怒っていた。

でもドロシーは私にこの明かりを貸してくれた。……彼女は?

……。

(横根の代わりに魂を奪われた。言えるはずない。

 横根の肩にかかった髪に風軍がうずくまる。異形と触れあっているけど、横根は人に違いない。俺は返事をせずに目をつむる)

戻っていたなら教えろよ
(ドーンが飛んできた)
あの龍が夏奈ちゃん? でかすぎだし。

……ドロシーちゃんは? いろいろヤバいことがあったし。

瑞希ちゃんが透けなくなったけど高校生になっちゃった。清純そうでエモみすらあるけど、俺の声聞こえねーし……。

み、瑞希ちゃんの肩にいるの猛禽賊じゃね? 俺降りて大丈夫?

……。
(真っ暗な木立から騒いでいる。カラスである以上に異形だから、夜になれば俺よりすべてを感じとる。横根の年齢で意見が分かれたけど、中三か高一ぐらいってことだ)
ヨイショ

この子はドロシーの式神みたいなのだから大丈夫


(心の声を返す。

 横根は俺の横で体育座りしていた。指揮棒のさきの明かりは、さっきよりもか細くなっている)

ストン
あっ
(ドーンが俺の頭に降りてきて、彼女は安堵の笑みをこぼす)


!?

松本、どこにいた?
(手負いの獣が藪からでてきた)
わっ、でも、ほっと安心
その鳥はでかくなるだろ? そしたら食いたいな。

瑞希は人間だな? 食えと言われても食わないからな

(残りかすかな灯し火が、片側の目だけ光らせる。ドロシーのリュックをくわえていた)
カーッ、それを探しにいったのならば言っておけよ。て言うか、哲人がなくしたのかよ
空から落ちるのが見えた。

けっこう遠くだったが、松本とあの女の匂いがするから簡単だった

(夜が来ても、手負いの獣は俺達とともにいる。俺達を助けてくれる)
…………。

みんな、なにを話しているの?

 横根が俺へとうかがう。

 俺は人の声をかける。

横根がさらにかわいくなったって。

……。

全部ではないけど、夏奈に人の心が戻っている。だから横根が解放された

……そうなんだ
(横根は半分だけの体で祈りを重ねた代償に、すこし幼く人に戻った。しかも記憶が残っている。ある意味、人間くずれだ。喜びようがない)
そのワシがいるのならば、ドロシーちゃんに会ったんだろ? 彼女はまだ逃走中? 


……なんで裏切ったの?

(推測できるけど、本人の口から聞いていない。琥珀達になにかして、麗豪を逃がしたとしか知らない)


ドロシーは裏切ってないよ

 人の声で返し、心の声を続ける。
だから横根の代わりに魂を奪われた
!!!
……? また心の声で話している?
……。
(ドーンは黙るけど、やがてくちばしを開く)
だったら助けないとね
(龍の起こした嵐が嘘のように星がきれいだ。月などどこにもない。

 片側の肩ひもが切れたリュックを受けとり、横根を見る)

俺はまたあっちの世界に行く。横根は川田と一緒に山から下りて。こいつといれば安全だから
 言ってみただけだ。
私も行く。絶対に
(彼女は見つめかえすに決まっていた)
白猫になる
……。
カカカ、そんで、みんなで一緒に人に戻るじゃん
(ドーンの言うとおりだ。俺はうなずき、横根に人の言葉で真実を伝える。横根は覚悟を深める)
……ドロシー(あの人)はいい人よ
……。
 俺の話を聞きながら、彼女は川田の頭をさする。

ちょっとどいていてね

(小声で言って、ちいさくなった大ワシをそっと岩の上に乗せる)

ZZZ……
パチッ

あっ、鴉だ

(風軍は目覚める)
ちっちゃくても、ちょっと怖い、本能的に……人だけど
異形だから、さっきの鴉じゃないね? もしかしてドーン?

(そうだった。こいつは俺とドーンの名前を知っていた。……さっきのカラスとは。

 ここは東京でないけど)


もしかしてミカヅキに会ったの?

 俺の問いに、風軍が羽根を伸びしながら言う。
名前は知らない。僕がちっちゃい今の姿で見える、変わった鴉。

主様の印が消えて困っていたら、こっちに行けと教えてくれた

“カカカッ”
代わりに頼まれごとされたよ。青い目で頼りなさげで強そうな人間に伝えろだって。それって哲人だよね?


それでね、このなんにでも効くおまじないは、最初の一言しか力がないから間違えるなだって。

ドーンもいるから始めるよ

(風軍が小さい姿のまま、俺達の上へと舞いあがる。俺達四人を見おろす)
かしこんでね。


カモタケツノミノミコト!

……。
……。
……。
(ドロシーの明かりが灯るだけの暗闇だ。なにも変っていないけど、またノリトウを授かった。導きは俺達にある)






 

(リュックに手を入れる。箱を取りだす……。傷を負った身では無理だ。リュックを下にずらす。これならば、か弱い座敷わらしになってももとに戻せる。底には純度100の白銀弾がある)
“私は松本を信じられる。だから人としても触れあえられた”
 ドロシーを救うためのお守り。
 
私が開けていい?
もちろん

(制服姿の横根に言われたら断りようがない)

……。
……。
ウトウト
(彼女が木のふたをどかす。ふるびた金属製の箱。川田である猟犬も覗いている。ドーンと風軍は木の枝に並んでいる。小ワシは鴉に寄りかかり、うとうとしている。

 横根が金属のふたをはずす)

…オイデ
(白色の玉が輝いていた。その光を、横根は胸もとで抱えるように受けとめる)
フワフワ
(黒色の光の残骸が、例によって俺へと寄ってくる)
ガブッ
(片目の猟犬が飛びかかる)
俺の光だ
(飲みこむなり、にやりと笑う……。もはやどうにもならない)
カカカ、やっぱ白猫だ
え、うん
(ドーンが笑う。横根であった猫がうずくまっていた)
ま、前よりちょっと小さいかな?
どだろ

(珊瑚の玉を首輪からぶらさげた白猫が言う。俺の目には分からない)

うわー、格好いい!
(風軍が興奮しだした)
狼だ!
(いやな予感を感じながら、川田を見る。なつかしい図体の黒い隻眼の狼がいた)
これなら雅にも負けないぜニヤ

(俺へと笑う。

 大丈夫とは思うけど……)

お、俺達を食わないよな

記憶は戻った?

(やっぱりドーンが確認する)
ジロッ

食うはずないだろ。

記憶など俺にはない

(山は静かなままだ。完全なる手負いの獣になろうとも、川田はこの三人を襲わない)
……。
 横根がドロシーの指揮棒をくわえる。残り少ない明かりで箱を照らす。
(……透明な光が飛んでこない)
松本君の弱っているよ。四神くずれになったから分かる。やっぱり、ずっと戦っていたんだ
(楊偉天に半死にさせられたものな。俺は青かったはずの玉に手を伸ばす。透明無垢な光が来なければ、俺はもはや戦えない。祈るように玉に触れる――)
ふわっふわっ…
(弱りきった光は、なおもやってきてくれた。衰弱しきった俺の体へと這ってくる。自分に異形の光が流れこむのを感じる。意識が遠のくのを必死にこらえる)
 
カカカッ、今度は哲人が中学生だ

(ドーンが笑う。俺の頭へと降りてくる。

 俺は夏の制服姿の体へと浮かべと念じる。やや重たげに、でも力強く空に上がれた。……どこも痛くない。首もえぐれていない。それだけで充分だ)

クークー
(明かりの消えた指揮棒と七葉扇をリュックにしまう。それを白シャツの中に入れて、眠る風軍を抱く)
……。
……。
……。

(川田の先導で山を下りる。横根が続く。上空を飛ぶドーンの影は、新月の闇のせいで見えない。

 このままこの四人で行ってもいい。でも思玲にだけは会わないと。無駄にでかい狼がまた振りかえる)

松本、弱くなってないだろうな
(川田はそればかり心配している。俺はそのたびにうなずきを返す。あたりまえだろと)
俺はまだ戦える



次章「4.3-tune」

次回「囚われた男」

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