三十三の一 離れないよ、絶対に
文字数 2,907文字
3.5-tune
(川田は言ったあとに、声が届かないことに気づく。俺は別のことにも気づく。おそらく川田は傷を受けいれていると。おのれへのいましめのために……。
だから手負いの獣などと呼ばれる羽目になったのだ。二十歳から頑固親父とか呼ばれる由縁だ)
川田は横根の手をなめて尾を向ける。つたない意思表示が彼女に伝わる。横根は珊瑚の玉から手を離し、スマホを取りだす。
うん、心配かけてごめん。うん、
……でも、まだ帰れないんだ。
なぜって……、サークルの男の子で、松本君や川田君のことを話したよね。
……やっぱり知らないんだ。うん。うん。私は一人だけど一人じゃないから心配しないで。
……ううん、帰らないよ、絶対に。いったん切るからね
横根が電話を終える。子犬に話しかける。
横根が立ちあがり、ワンピースの土埃をはらう。
ドーンが横根の前でホバリングし、ガーガーとわめく。
それを聞いて、俺は彼女の顔の前に浮かびあがる。
子犬の鳴き声しか聞こえない横根が子犬をやさしく抱きあげる。
横根はカバンを拾いあげて階段を降りていく。
俺とドーンが残される。カラスが俺の頭を止まり木にする。
( 頭上でドーンがうんざりと言う。俺はまた考える……。
いや、師傅はあいつの扇は傷ついたと言った。憶測だけど、あの邪悪な黒い光はだせないとしよう。だったら魔道士達と合流するより自宅に帰るのがリスクは少なそうだ……)
(いやいや、峻計がすでに横根の家を知っていたら(あいつは傀儡の心を読む)、寝ている横根などたやすく殺される。桜井によって掘りおこされた記憶が消えれば、無防備に傀儡になるかも。
だったら彼女を道士達にゆだねるべきかもしれない……)
(非道なことを思いつく。
四神の儀式だかをするには、彼女の命を消さないとならない。それならば彼女を手もとにあいつをおびきよせ、四玉を奪いかえす……。
仲間の命をさらそうと思うな。だとしても、思玲や師傅に会いたいと純粋に本人が望むわけだし、それが最善かもしれない)
ドーンが羽根をひろげる。
カラスが夜空へ飛びたち、階下に消える。俺もふわりと浮かびあがり、ドーンを追いかける。
スイスイ
(目ざといドーンが言っていた。師傅が去ってから長い時間、二人が目覚めるのを待っていた。人の時間の流れはせっかちだ。商店街は閉店した店舗が目立つ。営業しているのは居酒屋とコンビニ、思玲と行ったディスカウントストアぐらいだ)
スイスイ
(人通りが少ない歩道を、横根は大きなカバンを肩にかけて子犬を抱えて歩く。彼女に麦わら帽子がないことに気づく。
桜井の気配はまだ伝わらない。近くにはいないのか、それとも……。
桜井の気配はまだ伝わらない。近くにはいないのか、それとも……。
どっちにしても急がないと。俺達のそばにいてくれる、人である横根を守りながら)
(横根が独り言のように言う。
師傅は、彼女の記憶は徐々に薄れると推測した。横根とどっちが正しいかなんて、さほど重要ではない。
……しかし流範に傷を負った記憶とかも残っているはずなのに、横根はなんでこんなに強いんだ?
俺が同じ立場でどうするか自信はない)
彼女が上を向くと再び羽根をひろげる。母校へと導く。
横根はさらに強く子犬を抱きよせる。
彼女が護符を見上げて言う。俺がいることを知らせるために、木札を服からだしてある。
俺は伝わらない声をかけながら、木札を横に振る。横根が笑う。
横根の不安げな問いに、木札を縦に強く振る。
横根がさみしげにまた笑う。
次回「ドッグファイト」