二十一の一 座敷わらし対異端の魔道士

文字数 2,811文字

楊偉天、あなたこそ人間もどきだ
ひひ、貪に抗ったではない。弄ばれているだけだ
(俺は老人をにらむ。俺の命に代えてもフサフサだけは助ける。お天宮さんの護符をかかげる……)
……。

…………。

(この臆病でためらってばかりの俺と似たり寄ったりの神様は、この期に及んでも俺に使われることに躊躇しやがる)
ひひ、お前はその護符の持ち手でないようだな

ウルサイ

お前は不要だ
 雷型の護符を見えない襟へと放りこむ。幼児ほどの大きさしかない座敷わらしが、おのれの力だけを頼りに、びしょ濡れの老人をにらむ。すべての根源の萎びて小柄な老人に向かう。
 
か弱き妖怪め。龍を呼んだな
(老人も俺をにらみかえす)
神殺の鏡よ。このねじれはもはや戻せないのか。そんなはずはないと言ってくれ
 
(老人が蜃気楼のように消える。横殴りの雨だけが残る)
 
ヒヒヒ
(笑い声とともに鏡を持たぬ楊偉天が現れる。雷雨など意に介せぬように)
ろ、老師……私達はいかがすれば
儂はここにいる。

お前達は儂とともに戦いなさい。命を賭してな。ヒヒヒヒヒ

(神殺の老人が笑う)
 

 巨大な蜂が、蜂達を引き連れて上空で待機する。轟音とともに先走った雷が林に落ちる。対岸にも。

 炎が河原を照らし豪雨に消えていく。

 
(フサフサは腹部を抱えて弱々しく痙攣している)
さすがに大姐も気づいているはずだ
(背中に張りつく闇が言う)
でも、あのお方は現れない。だとしても望むものを手に入れられるのなら
 友を誰にも渡さない。


「お前は黙れ」露泥無に命じる。

姿を現せ
僕は黙らない。最善を伝えることが――
これを任せる
……みんなの魂を僕に?
(俺は風雨に叩きつけられる女の子にリュックを押しつける。身軽になった座敷わらしが浮かびあがる)
ヒヒヒ
……。
(まずは楊偉天。そして峻計。倒す順番を頭に浮かべる)
命を賭しても

(闇がリュックサックを覆う。見え見えだけど誰一人見ていない)

ふふふ、

お前は本物であろうが老祖師ではない
なに?
貴様には従わない
峻計……

老師、私は彼女を追います

(指を鳴らす音は落雷にかき消される。峻計の姿が消える。麗豪も困惑しながら消える)
オニスズメバチよ、追いなさい。人間には手をだすな。魔物だけ刺し殺せ
ブンブンブンブンブン…
……。
(蜂達の半数ほどが飛んでいく。残りは巨大な蜂とともに待機を続ける。老人が俺へと憎悪の目を戻す)
座敷わらしよ――。若者と呼ぶべきか。お前が選んだ道だ
(楊偉天が杖をあげる)
どのみち龍は荒れ狂う。もはやお前の生死は関係ない

(楊偉天が杖をおろす。叩きつける雨が朱色に変わる。

 浸みる……。この雨は朱色の酸だ。見えない体から、じゅうじゅうと煙がたつ)

(たとうが、俺は老人へと飛びこむ。老人が杖をかかげる)
白虎の光と青龍の破片。それを持ち、私は立ち去る
ブアツ
おっと

(老人が杖をおろす。朱色の網が広がる。ひろげた傘ほどの横をかいくぐる。老人の頭をぶん殴ろうとして、)

ヒヒヒ……
 
(笑い声を残して消えられる。蜂達が動きだす)
(酸の雨と落雷の世界。稲光も見えない俺を照らせない)
 
 巨大な蜂はなおも上空で指示を待つ。
 
 小鳥ほどの蜂達は俺めがけて飛ぶ。
(いまの俺のがずっと速い)
……。

(中空に老人が現れたのを見つけ、蜂を引き連れて向かう)

 
 楊偉天が俺へと杖を向ける。
(無数の玉が揺らめきながら飛んでくる。俺へとロックオンされた光を、ぎりぎりまで引きつけて避ける。ふたつほど体をかすめてえぐられる。俺は顔をしかめるだけだ。老人へと握りこぶしを向ける)
ヒヒヒ
くそっ

(消えゆく幻を殴るだけ)

 

(巨大な蜂が動きだした。

 こいつに俺は小さすぎる。こいつを倒すことはできなかろうと、牙をたやすく避ける)

 

(エンマスズメバチは体を曲げて、俺に針を向ける。

 あんなでかい針など刺さるものか。と思ったら)

 
(針の先から毒液を飛ばしてきた。避けたところで、)
ブンブンブブブン、ブブブブンブブン
(オニスズメバチ達に追いつかれる。蜂に囲まれて視界がなくなる)
うわー!
(体をまるめて突破する。……刺されずに済んだ。見えない腕にたかる蜂が、酸の雨に溶けて落ちていく)
(勝ち目はあるかも。大至急考えろ)
(劉師傅は何度となく老人を倒した。あんな圧倒的な攻撃力は俺にない。……フサフサと川田は、麗豪を蜃気楼とさせずに押さえた。手放せば奴は消えた)
 
(素早い攻撃。つかんだならば二度と離さない。フサフサを救わせるまでは)

(上空からの笑い声)

 朱色の蛇が無数に落ちてくる。分裂しながら俺に牙を向ける。
(座敷わらしはすべてを軽やかに避ける)
(朱色の雨が、じわじわと俺を溶かしていく。自分の姿が見えないのが幸いだ)

!!!

 
 
(上空に浮かぶ楊偉天が杖をかかげる。そしておろす。見えない壁に押される。下へと飛び、結界をくぐり抜ける)
(閉じこめられかけた。息つぐ間もなく、)
(蜂の群れに襲われる)
ボタボタボタ…
(だが俺に近づくと酸に溶けていく――。赤い雨がようやくやむ。叩きつけるあっちの世界の雨だけになる。これすらも龍がもたらす兆し)
 
(冷静になれ。この老人を倒しても無駄だ。陽炎のビルと同じく、また別の楊偉天が現れるだけだ。あの鏡が生みだす、神殺の楊偉天が笑うだけだ。……本物がいるはず。臆病な老人は近くで鏡を持ち、龍の登場に怯えているはずだ)
探せ
 俺は木霊に命ずる。すべての異形に命ずる。
探せ
ザワザワ…
 ……林がざわざわとうごめく。
お前は素早すぎる。時間はないのだぞ

!!!

(老人の声が背後から聞こえた)
破片を穢したくなかったが――


ノウマカイ……





 

“心で歌え!”





 

(思玲の声を思いだす。とっさに浮かんだのは童謡だった)
おてて、つーないでー


(おばあちゃんと歩きながら歌った。いまは空を逃げながら心に響きわたらせる)

“野道をゆけば――”
 不快ですまない声から、暴れる沢の上まで逃げる。
(――俺のまわりだけ雨がやんだ。ぎりぎり気づけた。岸へと必死に飛ぶ)

 奔流へと透明な膜が落ちる。跳ねかえしの結界が、竜巻のように沢の水を吹きあげる。

きりがない!
ハアハア…

(老人が絶叫する)

あとで腹を割かねばならぬが。高針(たかはり)よ、食い殺しなさい
(エンマスズメバチが歓喜のように羽根を震わせる。顎をひろげて俺へと向かってくる。避けるも羽根ではじかれる)
ピュッピュッ
(飛んできた毒液を、空中でのけぞり避ける)
(こいつはさっきより俊敏だが、餌でないと襲えない程度の異形だ)
(オニスズメバチの群れが俺にしがみつく。空中を転がり振り払う)
ブワーン
(俺はまだ刺されない)
ジュルッ
(俺へと一直線に向かうエンマスズメバチを待ちかまえる)

喰らえ!

(顎を避けて、巨大な複眼へと頭突きする)
ピュッピュッ、ピュッピュッ
ドロドロドロ…

 巨大な蜂が暴れだす。まき散らす毒を浴びたオニスズメバチが溶けていく。





次回「雷雨さえも平伏する」

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