四十三の一 法具と祈りと手負の獣

文字数 3,112文字

4.4ーtune



登山口の駐車場で僕が別れた理由は、サキトガへの罠だった
川田達はどこに落ちた? 藤川匠はどこだ?


(露泥無が喋りはじめるが即座に中座させる。

 夏奈とドロシーはどこだ。もはや優先順位などない)

ムッ

誰の影響か知らないけど、人の話を聞くべきだな。


端折ると、サキトガも強かった。炎を吐けるとは思わなかったし、大姐をもってしても一振りで倒せなかった。つまり筋書きは狂ってしまった。だから仲間は多いほどよい。

川田こそ戦力だから、僕も合流したい。鷹笛を鳴らせば、みんなを乗せて風軍が飛んでくる。生きていればね。

……香港娘など知ったことじゃないが、松本と横根ならば桜井を呼べるのではないか?

(笛は学生服のポケットに入っていた。聞こえぬ音を鳴らす。犬笛は思玲か。あの狼を怒らせようが、鳴らして彼女と連絡を取りたかった)
ジロッ

あなたに言われなくても、夏奈ちゃんは呼ぶ

ご自由にどうぞ。そもそも僕は松本達の行動を――
あなたはなんで私達と合流したの?

それに自分だけ人の姿にならないでくれない?

(たしかに沈大姐はヨタカであったこいつを、こちらに押しこんできた)
藤川匠
!?
松本が言うようにゼ・カン・ユの生まれ変わりならば、百年以上前の契約の対象だ。ただの人であろうとね。

それに、まだ釣り餌は必要かもしれない。そいつらの手助けのために、僕はまたしても行動をともにする

(もはや俺達が餌であるはずない。分かっていた。俺達全員が人に戻るのはたやすくない。急峻な峰を迂回してもたどり着けない。乗り越えないとならない)

夏奈を呼ぼう

(そして針の先にぶら下げる。邪悪な奴らへの餌は夏奈だけだ。横根がうなずく)

……そうだね
下策だけど仕方ないな

ジャバジャバ

(露泥無が裾をあげて川に入る)
おそらくはまだ来ない。でも来るとしたら、その名のとおり不死身の異形も一緒に来る。

念のため僕は脇から見ているよ

ドロドロドロ…

わあ

(女の子が川の中へと溶けていく。ナマズに変化して覗き見か)

(俺は手にした法具を見つめる。

 ……これで星五つの異形を倒せるだろうか。無理だとしても、龍である夏奈は戦わせない。川田とおなじく、さらに人から遠ざかるかもしれない――)

ピクッ

(白猫が耳をたてた。俺でも感づく。隠密でなくむき出しでの追跡だ。

 対岸を見上げる。林から人影が現れる)

……。
……。
笛を鳴らすとはね。我々獣人の耳を侮ったか
シャー

(均整のとれた褐色のボディのサシトヨがいた。ほかの獣人達も姿を現す。白猫が総毛を立たせて威嚇する。

 ……五体か。異形の気配丸出しだけど、こいつらは人の姿だ。人の心を失った川田みたいに、俺に倒せるだろうか)

(それでも俺は独鈷杵をかかげる。護布を盾とする)

お前達に俺は倒せない。降伏して、藤川匠のもとへ連れていけ

……。

(はったりを口にするが、はったりでもない気がする)
ロタマモ様を倒したもの……しかも新月。

逃げるわけにはいかない

……。
……。
それこそが我々が望むこと。ただし半死にしてな。お前達は手をだすな。猫もどきでも食べていなさい。……人の味がするかもな
…ジュルッ
(獣人達が横根へとよだれを垂らした。俺の心臓に鼓動が割りこむ。呼応して、かかげた小さな法具が輝く)

俺のなかに逃げろ

う、うん
 横根は第3ボタンまではずしたシャツにもぐりこむ。
つ、強そうだよ。逃げよう。そして夏奈ちゃんを呼ぼう
逃げないし、呼ぶのは倒してからだ
……。
(獣人達は輝く独鈷杵を見て後ずさっている。先頭のサシトヨ以外は)
サッ
クッ
 その黒く塗られたネイルが伸びる。俺へとジャンプする。独鈷杵をおろす間もなくはじき飛ばされる。

(右肩から胸にかけて、ざっくりと切られた。護布を避けやがった――。

 背中にも衝撃。さらに裂かれた。

 峻計や雅より素早い? 川田はこんな奴を撃退したのか?

 ……俺がのろくなっただけだ)

マニキュアではない。ベネチア産の毒だよ。

お前は新月系だ。今夜は死にはしないだろう

(樹上から声がする。

 マジかよ。手足から力が抜ける。目がかすんできた)

わ、私は何度でも祈ります
(横根の心が俺に寄り添う)
この人が戦い続けるならば、透けてなくなってもいいです。く、来るよ!
え? う、うわあ!


(毒が霧散する。崩れかけた足で踏んばり、輝く法具を上空へかざす)

……え?
(飛びかかったサシトヨの両手の爪にさらに深く裂かれたが、独鈷杵がその眉間に刺さる)
ゼ・カン・ユ様……
へなへな…
松本君!
 サシトヨが溶けだす。その脇に倒れる俺へと、横根がまた祈りを始める。残りの獣人達が逃げていく。






モゾモゾ…ストン

ありがとう。でも祈るのはヤバいときだけでいいよ。

(あの程度の毒ならば、時間がかかるけど回復する。白猫の見た目は透けてないが、念のため言っておく)

む、無理はダメだよ、絶対に

うん

(独鈷杵こそが俺が手にすべき武器だった。しかも、お天狗さんの木札と違い攻撃的。

 溶けて消える人などいない。迷いは消えた。こいつらは異形だ。成敗すべき化け物だ。

 俺は立ちあがり、横根を抱える)

いまのうちに呼んでみようか
 俺の提案に白猫がうなずく。声を合わせて、
夏奈ちゃーん
夏奈ー
(とりあえず五回空へと叫んでみた。宇宙まで届いただろうか?)
ヌッ

龍の兆しは現れないな

わあ

(ナマズが川から顔をだした)

松本が倒した雌獣人は、おそらく北アフリカ生まれだ。琥珀風に言えば星三つぐらいだ。

破邪の法具を手にした松本と、癒しの玉を持つ横根が組めば、それしきは敵ではなくなったな

(東京のお寺で幽霊から逃げまわったときよりは強いだろうな。

 ナマズが黒猫に変わる)

兆しが起きるまでは一緒に動こう。今夜は猫同士で仲よくやろうニャー
ふん
(露泥無は横根に寄り添いニャーと鳴く。横根である白猫はそっぽを向く)
さっきの雌を倒したのか?

クンクン

わあ

(いきなりの声にドキリとする。振りかえると、サシトヨが消えた地面に、手負いの獣が鼻をつけていた)

弱くなってなかったな。さすがはリーダーだ

ポトリ

(川田はくわえていたお天宮さんの護符を地面に落とす。

 俺達をたやすく見つけやがった。リュックサックを見つけた件といい、五感も肉体も卓越してないか? こいつは物の怪系でないというのに、満月になったらどうなるのだろうか)


?……!!!

プスプス
プスプス
(背中にはカラスと小さいワシがしがみついていた。ドーンは見た目で分からないが、風軍は黒焦げだ)
松本の(鳥)笛を聞きとれたから、お望みとおり連れてきた

ニヤリ

(ひとりだけ復活している川田がにやりと笑う)
あまり吹くべきではないぜ。土壁って野郎にも聞こえるぜ
ん?
ははっ
(聞きたくない名前だ。あのおぞましい魔道具を思いだす。

 おそらく、あれはおのれの身を捧げて作りだしたのだろう。劉師傅に切断された片足を)

ツチカベもいるのか? あいつが野良犬のときから苦手だ

(黒猫が不快そうに尋ねる。

 つまり竹林もいる。おそらく楊偉天も。峻計は……)


 それよりもドーンだろ! 風軍も

はやく助けて……
横根、じゃなくて露泥無。ドーンと風軍に祈ってくれよ


(こいつは天珠を持っているはずだ……。思玲とも連絡が取れる)

僕がこいつらを救う筋合いはどこにも見当たらない
川田君、こいつ食べちゃっていいよ
俺はリクトだが食えば異形の味がするのか?
……。
ひどい奴だらけだ
(横根がけしかけた狼に残酷な目で見つめられて、露泥無は渋々おばさんの姿になる。カラスとワシを抱えて祈りはじめる)

デモ、思玲トハ連絡トラナイ

彼女ノ進ム道ヲ、マダ邪魔スベキデハナイ

(天珠を手にしながらきっぱり言う。

 川田に威嚇されても、露泥無は意見を変えなかった)



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