三十五の三 血よ、たぎれ!

文字数 3,320文字

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昇の護りの術か……。お前が恐ろしくなってきた
(麗豪が峻計をおぞましげに見た)
麗豪、相変わらず臭い足だな……
 奴の足もとには、思玲が動かずにいた。
玲玲、幼い姿なら加減されると思うか?

ふん!

ひっ
まずはひとつ
 麗豪は彼女を足で転がし、その腹を踏む。

 麗豪が口もとをゆがませる。女の子の口から血が流れる。

ドクン

張麗豪……

(人である俺が怒りを感じる。こいつらを倒す。胸が熱い)
麗豪様。憤怒の気です。はやく四玉の箱をお取りください


死ね!

ひっ

(峻計はもう一枚の扇を斜め十字に振りかざす。無数の黒い光を、ドロシーが護布で必死に受けとめる。

 山林の向こうに無数の人影が見える。さらに登山者達が待機していた)

あの狼をひるませた力か。その男が異形になると振りだしに戻る。

ならば

ビュン
 
ドシン
さっ
ふふふ

 麗豪が横根へと鞭をふるう。

 術の鞭が気絶する横根を持ちあげ、地面に叩きつける。手から離れたリュックを鞭がつかむ。この男は……。

(血が熱い)
麗豪!
ふっ
 
(俺は嗜虐な男へと飛びかかり、鞭ではじき返される。本体は蜃気楼と消えていく。血が沸きたちそうだ。なのに体が動かなくなる)
もうひとつ必要なのはお前だな。力もないくせに人の姿で戦うとは。

土壁、運んでやれ

(姿をだした麗豪が林の奥に声かける。隻腕の男がやってくる)
おほっ、人間がゴミステバになっていやがる
(長身の作務衣の男が、気絶した登山者達を見て笑う)
麗豪さん。俺は腕が折れたままだ。

松本哲人をこの中に入れて、俺の背中に乗せてくれ

ドサッ
(大きな汚らしいずた袋を地面に落とす。俺は左手しか動かない)
露泥無!


(叫んでも足もとから現れない。あのムジナはどこへ消えた。どこかで覗いているだけか?

 あの異形に俺達への恩義はない。昨夜の奮闘は、なじみの野良猫が巻きこまれたからだけだ)

滅! 滅!

チラリ

貉の名前か? 龍を呼ばないのか

(峻計が俺をちらり見る。

 こいつらの前に呼べるはずない。巡る黒羽扇に護られた峻計がドロシーを追い詰めていく。ドロシーは歯を食いしばりながら、護布と扇でしのいでいる。圧倒されている)

片づけろ背負わせろだと?

ピシッ

くそ

(麗豪が俺に鞭を振りかざす。胴に巻きつき持ち上げられる)

私に命じるな。口でくわえて持っていけ

バシン!

(俺を隻腕の異形へと投げる。土壁は受けとめることなどせず、俺は地面に落ちる)
……クソが!

(土壁が、人である俺の腹を嫌悪をこめて踏みつける。

 痛くはない。口から血が噴きでただけだ。俺も憎悪をこめて土壁を見上げる。体はほぼ動かない。血だけが燃えている)

おっしゃるとおり、くわえて運んでやるよ。首を食いちぎっても文句を言うな!
(横根はなおも動かない。思玲は……)
……。
 目を開けていた。
……。

(不屈の顔で俺を見る。その目は俺を案じていない。これは、叱咤の眼差しだ!)

(俺の中の血が暴発した)
土壁……(まだ声がだせた)
後ろにフサフサがいるぞ
いまだ!
うはっ

(土壁が背後へ構える。俺はただひとつ動く左手で、土壁の足を引っ張る。

 異形の男が盛大に転ぶ。俺は踏まれていた腹をさする。痛みはないから脱臼した右肩をはめようとしたら、簡単にはまった)

峻計! 麗豪!

(俺はまだまだ元気だ。ドロシーが癒しを授けたシャツの胸もとを握る。口に残った血を吐き捨てて立ちあがる。


 と同時に、頭をつかまれ持ちあげられる)

人間が!
 
バゴン!
(土壁の頭突きを顔面に受けて、杉の木に激突する。ヒグラシが抗議しながら飛んでいく)
人間が!

(さらに腹部に蹴りを受ける。背中の杉から、みしりと音がした。

 土壁は俺の首を握ろうとして、手首がだらりと逆向きに折れる。土壁が頭をのけぞり振りかぶる。その頭突きから俺は逃れる)

くそ、くそ!
(土壁は折れた杉の木と倒れこむ)
(俺はめりこんだ鼻を手で確認する)

(……もとに戻った。鼻血もとまった。これは。

 いそいで全身をさする。サスリサスリ。おそらくマジで復活していく。血はなおもたぎっている)

“良き者には無料です”
(これは大蔵司の義憤の血だ!)


俺は全回復だ!

なぜにその術を……。私は会得するのに二十五年かかった

(麗豪の愕然とした声。

 種明かしなどしない。まずは。俺は横根へと走る。抱きおこす)

う~ん
サスリサスリ

(眠っている彼女の体中を触りまくる。珊瑚がはじきやがって、透けた体は戻らない)

目を覚ませ!

思玲を守れ!

ビクッ

…ウ、ウン

(俺の怒鳴り声に、彼女がびくりと目覚める。寝ぼけたようにうなずく。

……彼女はかすり傷程度だ。悪しき力から海神の玉が守っている。そうに違いないと思いこむしかない)

露泥無! 姿を現せ! 横根とともにしろ!(地面に叫ぶ)
キョキョキョ
(ヨタカがキョキョキョと飛んできた。上から覗いていやがった)
こいつらとの戦いは、僕にはリスクだけだ。でも、この機会を手放さない限り付き合おう
!!!
しかし座敷わらしでもないのに助けを呼ばないでほしい

(ヨタカが溶けて横根を包む。

 次は思玲――

小娘が!

子豹に足の甲を刺された

(さすが思玲だ。機会を逃さない)
……治らない。輝いていたというのか
…それは危険ね

 麗豪がおのれの足へと手をかざすのをやめる。

 土壁がようやく肘で立ちあがる。

ははは、麗豪さん、荷物も奪われて逃げられたぜ。

無様すぎるな。お願いされたら、俺の鼻で探してやるけどな

お前など無用だ

 麗豪が宙に浮かぶ。林間を縫って飛んでいく。


思玲! ドーンを探せ! 闇もともに行け!(俺は叫ぶ。伝わっただろうか?)

ビュン! ビュン!
ひい
松本

今行く

(杉の木まで追いつめられたドロシーが横目で俺を見ている。なにが、あなたを永遠に守るだ。早々に俺へと助けを求めている)
…チラ
バタンキュー
(峻計が転がったままの小柄な大カラスを見る)
土壁。松本でなくて竹林を老祖師のもとに連れていって。まだ間にあう。

場所は竹林が知っている。やさしく運んでやりな

(峻計は扇で俺をけん制している。……妖艶な目が訴えている。最後に残った仲間を殺せば、気絶した人間達にも黒い光を向けると。

 俺もにらみ返す。人々を殺したら、誰一人も生かさないと)

きっぱり言うぜ。俺はあんたにだけ従う
……。

サッ

(土壁が大カラスのもとに歩む。あいつが扇を土壁に向ける。残された腕に竹林を抱えた異形が、結界に包まれて消える)
……フサフサの野郎はマチに帰ったのか?
(その言葉を残して、見えない土壁が立ち去る。
 この場にいるのは、俺と峻計とドロシー。いよいよ彼女を救う。生身の俺へと術を放ち、痛覚を消滅させ、さらに術をぶっつけやがったドロシーへと走る)
滅んでよ
チッ
(彼女はよそ見した峻計へと扇を振りまくる。無意味にでかい光は護りの術に跳ね返される。俺をかすめて、また杉の木が一本倒れる)
お前は何者だ?
化け物め、話しかけるな

(魔物であるあいつは、まだ俺を見つめている。俺を見る目に、かすかな畏怖を感じた)

パチン
!!!!!
(あいつが指を鳴らす。ドロシーの視線が俺の背後でとまる)
ザクザク
ザクザク

(大勢が土を踏む音。傀儡の第二波だ)

や、やだあああ!
(ドロシーが護布を頭から被ってしゃがみこむ。なんて奴だ)
予想外の展開ね
何があったか、後で教えてね
(峻計がその布を奪いとる。旋回する黒羽扇が手に戻る。代わりにサテンが巡りだす)
あの男が護りの術を編んだ布。この緋色は麗豪様にこそふさわしい
人が来る、大勢の人が来る
ふふ
やめろ!

(あいつが彼女の頭をさする)

夏梓群。ドロシー。どちらもかわいらしい名ね。

……とてつもない大物の名前がでてきたわ。ふふ。人が怖くても立ちな

…スクッ
(ドロシーが無感情の面で立ちあがる。大事な護布を奪われたうえに、傀儡になりやがった――。無抵抗に七葉扇まで取られやがった)
 そして、あいつが俺を見る。

新月の闇に、この扇を染めてみよう。


お前はこの娘の傀儡さえも破る。窮地に陥れば龍を呼ぶ。それさえも考えて動く。

……誰もいなくなった。貴様を殺しても老祖師への証人はいない

……。
黒羽扇、護布、七葉扇、ドロシー…まさに全部乗せ

(あいつから待ちかねたような殺意があふれだす。俺にはなにもない)



次回「覚醒の始まり」

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