『スモールワールズ』一穂ミチ(講談社文庫)(2024.9.28)

文字数 1,358文字

 BSテレ東「あの本、読みました?」で自称「大阪のおばちゃん」一穂ミチとMC鈴木保奈美とのやり取りを見て『スモールワールズ』を読みたいと思った。顔NGの作家なので、直木賞の受賞会見ではマスクをして、そして「あの本、読みました?」では花瓶の菊で一部を隠しながら喋り倒したのだが(一瞬、菊からフェードアウトした時はモザイクになった……)、そこまで出すなら、もはや顔NGではないだろう! と突っ込みたくなるところもオモロイなぁと思う。直木賞作家になった方だから、実力は間違いないのだろうけれど、このおばちゃん(と言っても、僕よりはだいぶ若い)はどんな小説を書くのだろう? と気になったのである。特に鈴木保奈美が取り上げた「魔王の帰還」は、とんでもない設定の物語らしく、映画「KINGDOM 大将軍の帰還」と勝手に関連させて「帰還」シリーズにハズレなしと踏んだ。もちろん、映画KINGDOMとは何の関連もないのだが……。

 「ネオンテトラ」でまず躓いた。画面で見た(聞いた)「オモロイおばちゃん」の話ではない。いやぁ、重いというか根深いというか怖いというか。男には書けない女の本性を垣間見た気がする。
 「魔王の帰還」は期待大で読み始める。確かにとてんでもない設定(188cmの姉真央が離婚して帰還した話)で面白いのだが、あまりにも劇画チックで途中でしんどくなった。もちろん魔王の純粋な心にはホロリとさせられ、外見や言動とのギャップをつく上手さはさすがと思った。でも、期待が大きすぎた、というのが正直なところ。
 「ピクニック」そして「花うた」は読んでいてつらい話。「オモロイおばちゃん」は何処へ? 
 それぞれの小説としてのレベルは間違いなく高い。しかし、僕が勝手にイメージした一穂ミチという「大阪のおばちゃん」の小説とは大きく違う。これは僕の勝手な思い込みによるミスマッチだと思い、「花うた」で読むのを止めることにした。

 しばらく机に置かれたままに……。

 しかし本日、京都から東京へ移動することになり、新幹線で読み進めることにした。せっかく買ったのだから「もったいない」と思ったのだ。

 「愛を適量」を読んでクスリっと笑い、グスリと泣いた。これも「大阪のおばちゃん」の小説ではないのだが、なぜか急に沁みる。父と娘の空白を経ての再会による心象描写と物語展開が秀逸である。
 そして「式日」は削ぎ落した会話と文体が無茶苦茶効いている。「ネオンテトラ」とのリンクも効いている。可笑しくて悲しい。先輩と後輩の不思議な関係性が静かに響くんだよなぁ。隣りは空席だったこともあり、意外にも新幹線で泣いてしまった。短編映画を観ているような気持ちになった。

 作家のキャラと小説が合致する訳ではないのに、勝手に「大阪のおばちゃん」的小説を期待して読み始めたため、一穂ミチの良さが分からなかった。少し時間を置いたことにより、「あの本、読みました?」のイメージが薄れて、作家を離れ、作品と向き合うことができたので、一穂ミチの良さにようやく気づいた。もう一度「ネオンテトラ」から読み直してみようと思う。

 今までに感じたことのない「不可思議な読了感」が残る短編集だ。それこそが『スモールワールズ」なのかもしれない。あるいは「一穂ミチワールズ」なのかもしれない。
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