Re:スタートライン1963-1970/2023(2023.6.17)

文字数 1,101文字

 昨晩は飲み過ぎた。
 それでもいつも通りに起きて、珈琲を飲んでから、家で仕事をする。飲みに行かなければ、昨晩遅くには終わっていたのだろうが……。
 外は快晴。全くもって、仕事日和からほど遠い。頭の回転はいつもより遅い。

 昼になっても食欲がない。
 二八蕎麦(乾麺)を茹で、朝食べれなかった納豆と混ぜて麺つゆで頂く。シンプルイズベスト。労わられた胃が回復して、一気に体調が戻る。食後にまた珈琲。
 外は快晴。全くもって、お出かけ日和である。頭の回転もいつも通りに働き始める。

 さぁ、外出だ。目的もなく、河原町方面へ歩いていると「Re:スタートライン1963-1970/2023」のポスターを目にする。近代美術館で開催中とのこと。現代美術の回顧展らしい。現代美術の素養はないが、理解不能な芸術に触れて、仕事中毒の頭を刺激したくなった。
 とぼとぼと岡崎公園を目指す。あぁ、暑い。半袖にして正解だったが、思いの他、二日酔いが残っているようだ。変な汗が止まらない。調子に乗る年齢でもあるまいし、飲み過ぎるなんてどうかしている。仕事のストレス発散はいいけれど、ほどほどにしないと体調を崩してしまう。
 熱中症にも注意して、なるべく日陰を歩く。

 到着。
 チケット売り場に客はいない。
 入場してもほとんど客がいない。
 こんなに空いている(しかも土曜日!!)展覧会はあまり経験したことがないな。先週の和田誠展とはえらい違いだ。
 でも、その分、ゆっくりじっくりと理解不能な芸術に触れることができたから、大満足である。現代美術といっても、1963-1970に京都国立近代美術館で開催された「現代美術の動向展」シリーズの回顧展なので、当時は最先端でも、今となってはレトロチックであったり、現在は有名芸術家になった人の作品もある。60年前の作品であっても、やはり理解は困難だ。そもそもどうしてこういう作品を作ろうとしたのか、理解に苦しむ。意図はほとんど分からず、立ち位置を移動したり、首を捻って探そうとするが、見つからない。たぶん、理解しようとするのが間違いなのだ。そのままの作品と対峙して、感じれば良い。目の前に作者が現われて、懇切丁寧に説明してくれても、僕は理解できないだろう。それが現代美術だと思う。
 
 理解不能な、訳の分からないものを目の前にすると、頭の中が混乱して、フル稼働を始め、心地良い脳みその疲れを感じる。分からないことって、素晴らしいと思う。年を取り、訳の分からないものに出合う機会が減っていることは確かで、現代美術は良い脳トレになる。そんなことを実感して帰ってきた。どういう訳か、腹も減った。人間の構造も理解不能だ。
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