『悲しみの秘義』若松英輔(文春文庫)(2022.9.4)

文字数 791文字

 若松英輔さんはNHKの遠藤周作を語る番組でお見掛けして存在を知ったのだが、僕が知らないだけで、随分と長く活躍されている評論家であり詩人である。老若男女問わず多くの人々に、詩を読むことだけでなく、書くことをすすめる伝道師のような活動もされている方だ。
 テレビを通じて、若松さんの静かな語り口なのに、ものすごい熱量を感じる芯の強さに惹かれ、遠藤周作『深い河』を、とことん深く読み込み、自分の言葉で語り、視聴者に伝えようとする真剣さに感動した。大学生の頃、国文学を専攻していた僕は、拙い知識と言葉で友人たちと読書談義をしたけれど、あれは「若さ」ゆえで、社会人になってからは再会しても居酒屋で馬鹿話しかしなくなった。しかし、若松さんはほぼ同世代だが、照れることも恥ずかしがることもなく、遠藤周作『深い河』とド真剣に対峙していた。現実のせいにして、真剣に生きることから逃げている自分を恥ずかしいと思った。
 ただ、若松英輔は単なる真面目な堅物ではなく、何かを抱えて生きているように思えた。上手く言えないが、覚悟と言うか、とにかく強い意志を感じ、興味を抱いた。
 そして、若松さんを調べてたどり着いたのが『悲しみの秘義』である。

 悲しみ

 僕も普段から口にする言葉だ。若松さんもタイトルにしている。だけど、違うのだ。ほんとうの「悲しみ」は「悲しみ」という言葉では表せない。とても、矛盾したことを言っていることは百も承知しているが、ほんとうに悲しいとき、人は悲しいなんて思わないのだ。
 若松さんは若くして奥様を亡くした。その感情が、彼の覚悟となり、人々に強く訴えかけるのだと思う。僕も早くに両親を亡くしているから、ほんとうの「悲しみ」を実体験している。きっと、誰もが同じ経験をしているから、『悲しみの秘義』は読者に染み渡る。
 読み終えてからも、毎晩一篇ずつ読むようにしている。とても大切な一冊だ。


 
 
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