『音楽は自由にする』坂本龍一(新潮文庫)(2023.7.7)

文字数 852文字

 改めて坂本龍一を知りたくて手にした一冊は、ほんとうに坂本龍一を知ることができる一冊であり、坂本龍一に抱いていたイメージを変える一冊となった。「教授」と呼ばれた天才は……、本書を読む前なら「当たり前」のように書いていた文章が、いかに無知なイメージの塊であったかを知ると、気軽に「天才」とは書けない。僕が思う「天才」とは、何もしなくてもできてしまう、生まれながらの「天才」なのだが、坂本龍一は努力をする「天才」であり、努力をするから運も強くなる「天才」なのだ。ゆえに最強の「天才」になった。小さな頃から「何者か」になることを拒否していた坂本龍一は、ふらりふらり、ふわりふわりと舞って、音楽の道を歩き始める。将来なりたいもの(職業)はない、と言い切った少年は、個で生きていたから反発した相手であっても、気づけば交友が始まるニュートラルな存在だった。だから、とんがっていたとしても、細野晴臣に誘われて高橋幸宏とYМOを結成することになったのだと思う。YМOは海外でも人気を博し、三人は活動の場を広げていったのだが、坂本龍一は三人の才能がぶつかり合う中で、売れれば売れるほど、ソロと違って自分のやりたいことが全て通る訳ではない壁にぶち当たる。三人の才が混じり合う楽しさも刺激的だが、一方で三人の才が混ざり合うことで、自分の才が消えてしまうストレスも抱え込む。バンドが初めてで、有名になりたくもないのに有名になってしまい、ほとほと疲れてしまったのだろう。YМOとして活動しながら、ソロでは反YМOの音楽に取り組み、次第に二人との溝が深まり、散開へと向かう。しかし、本人も言っているようにバンドを組むことで楽しさと憎悪、他人と自分を意識することで、大きく変わったのだと思う。その後の活躍については詳細に触れないが、役者に挑戦し、映画音楽に取り組み、環境問題に至るまで、実に様々な世界で「世界の坂本」になっていく。おそらく、好奇心や才能ではなく、将来なりたいもの(職業)はない、と言い切った少年のまま生きた証だと思う。
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