『海も暮れきる』吉村昭(講談社文庫)(2023.1.23)

文字数 364文字

 どうしようもない男なのに、とんでもない句を詠む。東京大学を卒業してエリート人生を歩んだ俳人尾崎放哉の転落人生最晩年を吉村昭がまるで横で見ていたかのように丹念に描く。どうしようもない男だから、とんでもない句を詠めたのかもしれない。酒に溺れ、愛する妻にも見捨てられ(実際は違うようにも感じる)、肺結核を病みひとりで死期を迎えながら、詠む句はいよいよ極みに達し、妻を思い続ける放哉。あまりにも壮絶で切なくて、終盤はなかなか読み進めることができなかった。吉村昭は逃げることなく、真正面からひたすら描写する。衰弱する肉体と、揺れ動く心をどうしてそこまでスケッチできるのか、不思議でならない。

 咳をしても一人
 足のうら洗えば白くなる
 いれものがない両手でうける

 三句ともに鋭く深く刺さる。どうしようもない男にどうしようもなく嫉妬している。






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