第160話 香典返しはホンモノか
文字数 2,430文字
第52番札所 龍雲山 護持院 太山寺
タイシくんはシナリちゃんのことが好きなのでこの松山市内の寺社遍路では最後まで同行するつもりという
いじらしいね
ところでさ
香典返しって、いる?
「正直怖い」
「受け取らないの?」
「どうしよう…」
大家さんから久しぶりに連絡があった
大家さん、お歳をものともせず、ゲンムのスマホを借りてわたしにLINEで送ってきた
大家:香典返しが届いたよ
シャム:身に覚えがないんですけど
大家:東京からだよ
東京…?
「あ」
「シャム。思い出したの?」
「うん…多分あの分だろうと思うけど…」
二ヶ月ほど前にそのまた従姉妹のお母さん…まあおばさんが亡くなったと連絡を受けて、わたしはうつ病のまっただ中だったから葬儀に行くことは苦しくてとても無理なので速達現金書留で不祝儀袋に入れた香典を送ってあったんだ
弔電を打つ事務作業もしんどいからゲンムに付き合ってもらって郵便局まで行って現金書留の封筒を買ってその場で送ったんだった
その郵便局っていうのがいわゆるゲンムの実家の街の中央郵便局的なところでね、夜の6時まで各種特殊郵便の発送に対応してくれてる
あ、たしか為替も買えたはず
為替って知ってる?
介護とかやってるひとならね、親の難病の医療補助の手続きをするために親の所得証明なり非課税証明なりを取るために市役所へ直接行けなかったら為替で発行手数料を封筒に入れて郵送してそれで送ってもらうんだよね
便利なような不便なような
とにかくもその香典返しが従姉妹からは宅配便で届いたらしい
わたしが長期不在だからナマモノだと困るってことで大家さんからどうする?って連絡があったわけだけど
ナマモノ?
「できれば受け取りたくない。返したい」
「でも香典返しを突き返すってそれこそなかなかやりづらいよ。それよりなんで受け取りたくないの?大家さんの手を煩わせるから?」
「ううん。生き霊をかけられるから」
ああ
モヤもタイシくんもシナリちゃんも動きが止まった
「生き霊、って誰がですか?」
「そのいとこ」
「どうして?」
「わたしが『恩人』のことをホンモノだって言うのが腹立たしいみたい」
「でも、シャムの恩人はホンモノなんでしょう?まごうことなき」
モヤには話してあった
それを今モヤはタイシくんとシナリちゃんの前で言った
「シャムの恩人と一緒の宿になったひとが、夜目を覚まして恩人の布団を観たら、黄金に輝く仏さまが横になっていたって」
シナリちゃんが言った
「すごい…」
「シナリちゃん。信じてくれるの?」
「シャムさん。信じるも何もそれが事実なんですよね?弘法大師さまもお体を発光させるお姿を天皇さまから請われてお観せになられたそうですよ。それで仏法をお信じいただけるならと、弘法大師さまは見せもののようにするのは本意ではなかったそうですけど…」
「シャムさん。シャムさんの恩人さんはつまり…」
タイシくんが自分が口に出していいのかどうかと躊躇しているのを観てモヤがあっさりと言った
「仏だよ。ホンモノの」
いつかは言わないといけなかった
この本質を言わないかぎりどこまで行っても話が進まない
ほんとうのことを忌憚なく語り合うことができない
だからわたしはモヤに教えたし
モヤはそれを当然の平常事のように自然に話してくれた
嬉しい…
「シャムさん。その従姉妹はその話をしても信じなかったんですか?」
「無理だったね。従姉妹は恩人に命すら救われているんだけどね」
「命を?」
「うん」
従姉妹には守護霊がいた
従姉妹かわいやのばあさまだった
そのばあさまは従姉妹の幸せのために
従姉妹のスケートのライバルを呪い殺した
従姉妹がフィギュアスケート・ジュニア女王になるその大会の中で、ライバルが演技中にそのばあさまは氷に地獄の裂け目のような亀裂を瞬時に作って彼女がエッジを引っ掛けてリンクの壁に頭部を激突させ首の骨を折って死んだ後、また瞬時にその亀裂を溶解させ傷をなくして単純にライバルのミステークに見せかけて
「そのばあさまはまごうことなき悪霊。けれども悪霊のえこひいきを世間では守護霊などと馬鹿げた呼び方をする」
ほんとうの守護霊とは我が子であろうと我が孫であろうと決して依怙贔屓をせずにそれが子孫の必要な苦労なのであればその苦労を甘んじて受け入れるように仕向ける
わが身内かわいやの悪霊は、それが一見応援のような形に見えて、地獄へまっしぐらの一本道を踏ませるだけの話
「それでね。『親子兄弟夫婦じゃと、愛と情とに絡まれて、憎いというては腹を立て、可愛いというては欲起こし、世間のひとと交わるも自分の都合のよい時は彼此言うて出入りする、一度意見を間違えば、互いに恨み憎み合い、人の悪しきに眼をかけて、自分の悪しきは棚にあげ、昨日も暮れた今日もまた、あるやないやにとらわれて、明けても暮れても罪ばかり…で、そのばあさまは従姉妹が十分な供養をしないことに腹を立てて凶暴化した」
「ああ…」
「ばあさまは凶暴化して従姉妹の弟をまず呪い殺した。それから従姉妹の飼い猫を呪い殺した。従姉妹と一緒に学校で昼ごはんを食べていた同級生3人を呪い殺した」
「ああ…ああ…」
「今亡くなった従姉妹の母親が恩人にたのんだんだよ。助けてくれ、って。そしたら恩人はね、座敷の鴨居の辺りを見上げてね…『おまん、無間地獄に落ちるぞよ』って言ってね」
「うーん…」
「そうしたらばあさまは鴨居から、ぼとっ、て落ちて溶けて消えたって…従姉妹はだから恩人に命を救われてるんだよね」
守護霊が悪霊
悪霊だから依怙贔屓する
ううん
そもそも守護霊が、ただ単にかわいい我が子の運を開くだけの自分勝手な小物だから
恩人のお出ましにただただ恥じ入ったんだだろうね
「それでも従姉妹は恩人さんを恨んでるんですか?」
「シナリちゃん。小物の根性ってなんだと思う?」
シナリちゃんはホンキで首を傾げる
わたしは言った
「小物ほど自分が神と崇められようと必死になるんだよ」
タイシくんはシナリちゃんのことが好きなのでこの松山市内の寺社遍路では最後まで同行するつもりという
いじらしいね
ところでさ
香典返しって、いる?
「正直怖い」
「受け取らないの?」
「どうしよう…」
大家さんから久しぶりに連絡があった
大家さん、お歳をものともせず、ゲンムのスマホを借りてわたしにLINEで送ってきた
大家:香典返しが届いたよ
シャム:身に覚えがないんですけど
大家:東京からだよ
東京…?
「あ」
「シャム。思い出したの?」
「うん…多分あの分だろうと思うけど…」
二ヶ月ほど前にそのまた従姉妹のお母さん…まあおばさんが亡くなったと連絡を受けて、わたしはうつ病のまっただ中だったから葬儀に行くことは苦しくてとても無理なので速達現金書留で不祝儀袋に入れた香典を送ってあったんだ
弔電を打つ事務作業もしんどいからゲンムに付き合ってもらって郵便局まで行って現金書留の封筒を買ってその場で送ったんだった
その郵便局っていうのがいわゆるゲンムの実家の街の中央郵便局的なところでね、夜の6時まで各種特殊郵便の発送に対応してくれてる
あ、たしか為替も買えたはず
為替って知ってる?
介護とかやってるひとならね、親の難病の医療補助の手続きをするために親の所得証明なり非課税証明なりを取るために市役所へ直接行けなかったら為替で発行手数料を封筒に入れて郵送してそれで送ってもらうんだよね
便利なような不便なような
とにかくもその香典返しが従姉妹からは宅配便で届いたらしい
わたしが長期不在だからナマモノだと困るってことで大家さんからどうする?って連絡があったわけだけど
ナマモノ?
「できれば受け取りたくない。返したい」
「でも香典返しを突き返すってそれこそなかなかやりづらいよ。それよりなんで受け取りたくないの?大家さんの手を煩わせるから?」
「ううん。生き霊をかけられるから」
ああ
モヤもタイシくんもシナリちゃんも動きが止まった
「生き霊、って誰がですか?」
「そのいとこ」
「どうして?」
「わたしが『恩人』のことをホンモノだって言うのが腹立たしいみたい」
「でも、シャムの恩人はホンモノなんでしょう?まごうことなき」
モヤには話してあった
それを今モヤはタイシくんとシナリちゃんの前で言った
「シャムの恩人と一緒の宿になったひとが、夜目を覚まして恩人の布団を観たら、黄金に輝く仏さまが横になっていたって」
シナリちゃんが言った
「すごい…」
「シナリちゃん。信じてくれるの?」
「シャムさん。信じるも何もそれが事実なんですよね?弘法大師さまもお体を発光させるお姿を天皇さまから請われてお観せになられたそうですよ。それで仏法をお信じいただけるならと、弘法大師さまは見せもののようにするのは本意ではなかったそうですけど…」
「シャムさん。シャムさんの恩人さんはつまり…」
タイシくんが自分が口に出していいのかどうかと躊躇しているのを観てモヤがあっさりと言った
「仏だよ。ホンモノの」
いつかは言わないといけなかった
この本質を言わないかぎりどこまで行っても話が進まない
ほんとうのことを忌憚なく語り合うことができない
だからわたしはモヤに教えたし
モヤはそれを当然の平常事のように自然に話してくれた
嬉しい…
「シャムさん。その従姉妹はその話をしても信じなかったんですか?」
「無理だったね。従姉妹は恩人に命すら救われているんだけどね」
「命を?」
「うん」
従姉妹には守護霊がいた
従姉妹かわいやのばあさまだった
そのばあさまは従姉妹の幸せのために
従姉妹のスケートのライバルを呪い殺した
従姉妹がフィギュアスケート・ジュニア女王になるその大会の中で、ライバルが演技中にそのばあさまは氷に地獄の裂け目のような亀裂を瞬時に作って彼女がエッジを引っ掛けてリンクの壁に頭部を激突させ首の骨を折って死んだ後、また瞬時にその亀裂を溶解させ傷をなくして単純にライバルのミステークに見せかけて
「そのばあさまはまごうことなき悪霊。けれども悪霊のえこひいきを世間では守護霊などと馬鹿げた呼び方をする」
ほんとうの守護霊とは我が子であろうと我が孫であろうと決して依怙贔屓をせずにそれが子孫の必要な苦労なのであればその苦労を甘んじて受け入れるように仕向ける
わが身内かわいやの悪霊は、それが一見応援のような形に見えて、地獄へまっしぐらの一本道を踏ませるだけの話
「それでね。『親子兄弟夫婦じゃと、愛と情とに絡まれて、憎いというては腹を立て、可愛いというては欲起こし、世間のひとと交わるも自分の都合のよい時は彼此言うて出入りする、一度意見を間違えば、互いに恨み憎み合い、人の悪しきに眼をかけて、自分の悪しきは棚にあげ、昨日も暮れた今日もまた、あるやないやにとらわれて、明けても暮れても罪ばかり…で、そのばあさまは従姉妹が十分な供養をしないことに腹を立てて凶暴化した」
「ああ…」
「ばあさまは凶暴化して従姉妹の弟をまず呪い殺した。それから従姉妹の飼い猫を呪い殺した。従姉妹と一緒に学校で昼ごはんを食べていた同級生3人を呪い殺した」
「ああ…ああ…」
「今亡くなった従姉妹の母親が恩人にたのんだんだよ。助けてくれ、って。そしたら恩人はね、座敷の鴨居の辺りを見上げてね…『おまん、無間地獄に落ちるぞよ』って言ってね」
「うーん…」
「そうしたらばあさまは鴨居から、ぼとっ、て落ちて溶けて消えたって…従姉妹はだから恩人に命を救われてるんだよね」
守護霊が悪霊
悪霊だから依怙贔屓する
ううん
そもそも守護霊が、ただ単にかわいい我が子の運を開くだけの自分勝手な小物だから
恩人のお出ましにただただ恥じ入ったんだだろうね
「それでも従姉妹は恩人さんを恨んでるんですか?」
「シナリちゃん。小物の根性ってなんだと思う?」
シナリちゃんはホンキで首を傾げる
わたしは言った
「小物ほど自分が神と崇められようと必死になるんだよ」