第122話 ノラVSシャム

文字数 2,904文字

「シャムって猫っぽいよね」
「ありがとう」

 そう
 猫に雰囲気が似ていると言われるのはわたしにとっては褒め言葉なんだよね

 だからモヤにもお返しをしようと思って

「モヤはペルシャ猫だよね」

 そう言うと照れたのかモヤがこんな風に訊いてきた。

「シャムは猫だったことはないの?」
「わたしの今の名前はシャム猫から一応とってる、ってのもあるんだけど」

 ここ第二十五番の札所 宝珠山 真言院 津照寺 はご本尊が地蔵菩薩さまで

 わたしはどうしてか一番身近な仏さま、って感じるしだからこういう発想も出てくるんだけど

「人間にとって一番身近な猛獣は猫だよね」
「猛獣?」

 そう訊くモヤの目が猫っぽくて思わずときめきそうになってしまった

 それからわたしの猫時代の話をしてあげた

「タイの国に生まれてね。わたしは国王さまの飼い猫だったんだよね」
「へえっ!」

 今はどれくらいの人がそういうことを知っておられるかわからないけど、シャムっていうのはタイ国のことを言うんであって。シャムの国の猫だからシャム猫なんだよね

「国王さまはね。わたしのことをたいそうかわいがってくださってね」
「シャムはその時メス?オス?」
「メス」
「ふうん。きれいだったんだろうなあ」
「わたしが器量がいいとかどうとかいうことは抜きにしてシャム猫っていう種はほんとうにほれぼれするような造りの生き物だよね」
「うんうん。なんだかシャムの顔がああいうシャープな顔に見えてきたよ」
「今は?」
「ごめん。もともとシャープだよね」

 猫の顔っていうのはおおまかに言ったら逆三角形の感じだと思うけど、シャム猫はさらに三角感が強い。
 三角感てなんだろうって気がするけど

 津照寺の境内を歩いていると果たしてやってきたよ

 ノラくんかノラちゃんが

「シャム。猫やってたならあれがオスかメスかわかるの?」
「うん。わかるよ」
「どっち」

 わたしはゆっくりと大股で歩いてノラの背後に廻る

「オス」
「どうして」
「ぶらさがってるから」

 まあ単純な話だよね

 子猫だったらわからないかもしれないけどでも仮に股間を観なかったとしても雰囲気でわかるよね

「そういえば今のアパートに入る前の前ぐらいに住んでたアパートでノラ猫が軒下で子猫を育て始めてね」
「へえ。いいなー」
「まあわたしが猫っぽいことを差し引いてもやっぱりなんとなくメスかオスかわかったよ」
「シャム。どうやって?」
「子猫4匹いてね、灯籠の崩れたやつの脚の上をジャンプしたりして遊んでたんだけど、女の子はねなんとなく譲ってるんだよね。毛もなんとなくふんわりしててね」
「偏見じゃないの?」
「まあ無かったといえば自信ないけどね。でもね、その次の次の年ぐらいにはその子猫だった女の子がやっぱり子猫産んでたから」
「なーんだ」

 ところでこのノラは何をしたくてわたしたちの周囲をぐるりと回っているんだろう

 そう思っていたら急に鳴き出した

 gnao!

「gnao?」

 モヤの疑問に答える

「『よう、人間ぽい猫女子』」
「え。え。それってシャムに言ってるの?」
「そうみたい」
「この猫が?」
「うん。ええとね『そろそろ繁殖しないか?』だって」

 モヤはノラ猫を睨め下ろす

「ねこのくせにシャムを…」

 モヤのその言葉に込めた感情がいったいなんなのかは断言はできないけど

 まあノラ猫を敵視していることは間違いないよね

「『いいのかダメなのか返事をくれ』」
「い、『いい』ってなにが!?」

 モヤは熱いココロの持ち主だけどドライバーらしく振る舞いは普段クールなのにモヤ自身が『ギニャー!』とか唸りそうなぐらいに興奮している

 ノラはどうしてかモヤのことは完全に人間と把握している

 つまりわたしの背後にやっぱりあの国王さまに愛されたシャム猫の面影を観ているということなんだろうか

 ちょっと気分がいいものじゃないけど

「シャ、シャム!」
「なに」
「な、なんて返事するの!?まさか…」

 何を言ってるんだろうモヤはと思ってしまうけれどもまあ一応お寺の境内を根城に暮らす猫だったとしても屋外で寝起きして餌も自分でなんとかして自活しているのであれば立派な野生動物だ

 野生動物の、やっぱり肉食の猛獣だ

「当然、貞操を守るよ」
「シャ、シャム…」

 なんだか西部劇の王道のような展開になってきたけど、人間だからと言ってわたしはこのオスのノラ猫を決して侮ったりしない

 だって、猛獣だ

 爪は鋭いし力はあるし

 特にこのオス猫はまあボス感溢れるギザギザ尻尾なんだよね

 長年にわたる抗争と繁殖に明け暮れてきたアウトロー感がビンビン感じられる


「暴力には暴力を」
「シャム…」

 レディースだったモヤの方がよっぽどケンカ慣れしてるだろうけどわたしには一応これまでの過去世の記憶を脊髄反射レベルで覚え込んでいるという圧倒的に有利な属性がある

 あ、これは属性とは言わないのかな?

 とにかくわたしはその優位性を最大限活かすために過去世において最強だったときのことを思い出す

「百獣の王のように強い時代を」
「え?なに?ライオンだったこともあるの」
「ううんないけど」

 gnuonnhour!

「『早く子作りしようぜ!』だって」
「やらしー!」

 とりあえずわたしを動けなくして繁殖しようとしているらしく、跳躍のために猫背をぐんと反らせてケンカでそうなったのだろう、ギザギザの短い尻尾をこれでもかっていうぐらいにそそり立たせた

 シャープ感はないけど重戦車の趣を持つ躯体に、毛はもともと白なんだろうけど艱難辛苦の猫ライフを生きてきたおかげでコンクリートの埃でかグレーに染まっていて、その重苦しい体で慣性の法則に則ってボディ・アタックをしてきた時はわたしの転倒は免れないだろう

 つまり、押し倒される、っていう状況になってしまうだろう

「く、くるよ!シャム!」

 わたしはまだ決めない

 過去世最強のフォルムをくるくると思考の中で描いては消し描いては消しを猫が前足の筋肉を攻撃の動作に移した時点でもまだ繰り返していた

 シャ・ム・うぅぅ・・・・・・・・

 演出方法の古いアニメにありがちなスローモーションの動画の中、ノラ猫がとうとうジャンプした

 わたしはしってる

 この猫ぐらいの大柄な猫でも出窓の上の庇を横ばしりしてそうして庭にジャンプした追われる猫が、高さはあるとはいえ、自分の体長の50倍近い地点まで到達して着地したことを

 だからこのノラ猫も10m近く離れていたのに、追い風で空気抵抗を相殺してもあまりあるぐらいの自力によるスピードと重圧で宙を下から上に飛んできてわたしの股間のあたりにあと5cmでぶつかるっていうタイミングでようやくわたしは決めた

 ガ

「シャム!」
「ggggggggggggggyoutch!」

 まずモヤに翻訳してあげた

「『痛っっっっっっっってえ!』だって」

 モヤはわたしの股間に正確にぶつかったあとすぐに地面に堕ちて4本の足を全部けいれんでもするみたいにしてバタバタバタと数回動かした後、飛ぶより速いんじゃないかと思う俊敏さで境内の外まで逃げていくノラ猫を見送ってから一瞬わたしの下腹部あたりをさすりそうになりながら我に返って質問した

「過去世最強のボディって?」
「お地蔵さま」
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