第161話 読まれる小説がよい小説か読まれない小説が悪い小説か

文字数 1,476文字

 わたしは過去世において小説がとにかく読まれないワナビということを何度か経験していた

 だからこれを負け惜しみと捉えていただいて差し支えないと思う

「読まれない小説の方がよい小説だよ」

 みんな、しん、とする

 何がしかの反応をするだろうと思っていたモヤまでが口を半開きにしてしまっている

「シャム。根拠は?」

 わたしはその物理ノートを観せる

 ううん、学科としての物理学で使ってたノートじゃなくて、WEB上の概念的なノートに対して、紙の、質量を伴うノートという意味での実体

「これって…」

 渡されてモヤがモヤモヤしている

「矢理台所?誰?」
「ワナビ。読み方はヤリタイショ。塵芥皮賞の裏受賞者」
「裏受賞者ってなに?」

 引かれると思うけど、言わなきゃね

「全員参加してたらほんとうの受賞者だったろうっていう王者」
「ごめん。わからない」

 卑近な例を出せばいいのかな

「男子100mの世界記録が9秒台だって言ってるけどほんとにそうかな」
「?」
「人類全員参加したら8秒台で走れる人がいるかもしれない」
「まさか」
「過去世のわたしの小説に登場した数え年16歳の女子は戦場で8秒台で走った。ううん、それって一里を全力疾走した時のアベレージタイムだから最速時の100mだけを切り取ったら5秒台かもしれない」
「50m走じゃあるまいし?小説の話でしょ?」
「ヤリタイショとして書いたわたしの小説に出てくる登場人物は全員実在した」
「…」

 モヤは半信半疑ながら既に事実と認めざるを得ないという表情になってる

 だってわたしだから

「シャムさん。結局そのワナビの時のシャムさんは、報われたんですか」

 熟考する

 一言一句思い出す

 一挙手一投足思い出す

 ココロのうつろいをすべて思い出す

 結論

「報われた」
「なぜ。『読まれないなら意味はない』って誰かがワナビ投稿サイトのエッセイで書いてたよ」
「じゃあ訊くけど。わたしの恩人は長屋のおさんどんもして畑仕事をする時は頭に手拭いを巻いて冬寒い時は火鉢に当たって世に出ることもなくごく普通のおばあさんとして、ただ誰からも捨てられた哀れな人たちを誰にも知られずにひそかに救って娑婆をひそかに去って行った。でも」

 だが

「ホンモノの仏だった」
「う…ん…」
「はい…」
「そ、ですね…」

 全員がファミレスのテーブルに座った状態ではあるけれどもまるで五体投地のように頭をうな垂れひれ伏さん勢いだった

 わたしはトドメを刺す

「恩人の歌は、誰もしらない。弘法大師さまと同じく『これしかない』というほんとうのことを…まことのことを歌っているのに誰もしらない。わたしはそれが耐えきれない」

 同意を求める

「モヤ。シナリちゃんタイシくん。わたしは今世においてあなたたち3人だけでなくわたしが暮らす街においては大家さん、カンテンさん、ゲンム、チョウノちゃん、他にもたくさんの『同志』を得た。『味方』を得た。お願い。お願いだよ」
「「「何((ですか))」」」

 わたしの悲願
 わたしの宿願
 わたしの本願

「弘法、させて。弘法大師さまのように。わたしの恩人のように。恩人の歌が今まで知られなかったのは、恩人が伝えんとした『ほんとうのこと』を、わたしという全身キーボードのごとく解き放つワナビを得る今世まで待たねばならなかったことを。今こそ溜めに溜めたエネルギーを、雪の重みで地面までべたりとしなった竹が、その雪をばさあ、と一気に除けた時に跳ね上がるあのスピードのように、弘法、させて」
「「「わかった(よ)((りました))」」」

 3人は竹になった

「世の全員が読まなくても、((わたし))(僕)が、読みましょう」
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