第264話 びょうきとビョーキ

文字数 2,151文字

 シャムの好きだったらしいバンドのベストアルバムに添えられていたブックレットに病気とビョーキについて言い及んであってどっちがどっちだったか忘れてしまったんだけど

 わたしはビョーキ?

「どうぞ」
「はい」

 ゲンムが付き添ってくれた

「『先生 ウチの親がこいつの保護者なんだけど』とわたしの保護者の被扶養者が申しております『誰が 被扶養者だよ』」
「まあ 一応‘虐待’? みたいなことがあったら困るからねえ。ひょっとしたら、って言うんで児童相談所に通報があったんですよ。ところで付き添いの方って喋れないの?」
「だまりなよ」
「えっ…と…今のはそのひとの翻訳、だよね?」

 そういえばこの先生のセリフって句読点がついてるな

 なんでひとりだけカッコつけるかなあ

「『先生 ほんとにこいつが‘双極性障害’って思ってんのか?』そうきょくせいしょうがい?」
「…というよりも多重人格を私は疑ってるけどね」

 ああ…

 シャムのこと言ってるんだね

 近所のひとが‘つうほう’したのかな

「これからいくつか質問をしていくから答えてください」
「はい」
「自分の中に誰かいると感じますか?」
「はい」
「…急に腹が立ったりすることはある?」
「はい」
「頭の中で声がする?」
『おい!』

 わたしが同時通訳するわけにいかないからゲンムが手話でお医師にどなった

 けれどもゲンムの魂の手話もそういうことを気にしないひとならば目にさえ入れなければ効力はすくないよ

「もう一度訊くよ。頭の中で声がしますか?」
「はい」
「重症だな」

 ゲンムが

 殴った

「イタタタ…」
「ゲ ゲンム! 帰るよ!」
『もう一発殴っとかないと気がすまねえ!』

 五歳のわたしがゲンムを抱えるようにして逃げようとしたらゲンムの体は急に軽くなった

 なあんだ ゲンムだってこの場から逃げたかったんじゃないの

「いくらなんでも無茶苦茶だよ ゲンムこそビョーキなんじゃないの?」
『だってミコ あんなモン ’あなたは自分がおかしいと思ってますか?‘ って本人に訊いてるだけで診察でもなんでもないよ!』
「ゲンム」
『え?』
「わたしっておかしい?」

 そもそも’おかしい‘と’まとも‘の境目とは?

 ’異常‘と’正常‘の境目とは?

 ’ビョーキ‘と‘ビョーキじゃない’の境目は…あれ?

 冬は曇天が晴れることが決してないこの地方なんだけど異常気象みたいにお日さまがずっと照度も高度も高くお空にあるから意識してなかったけど

『聲 聴こえるのか…』
「うん」
『つらいな』
「そうでもないよ」

 聲が聴こえるのはべつにふつうのことだって思ってるから

 最初はちょっとびっくりしたけど別に日常を生きていていろんなひとの声を聴いてるのと同じこと

 ただね

『聲が一緒じゃない?』
「うんそう」
『シャムじゃない奴も混じってるってことか?』
「うーん でも‘感じ’はやっぱり全部シャムなんだよねえ」

 ゲンムがわたしの手を引いた

『視られてる』

 近所の老爺

 見守り隊 ってやつをやってる老爺

 見守るどころか ’見張り隊‘ だったのか

 だからゲンムとわたしは独立系のカフェに入った

『なんだ ‘独立系のカフェ’ って』
「ふふ 秘密が保持される喫茶店」

 ところで 保持 ってとても大切

 保持 って うけもち

 うけもちのかみさま

『話が逸れてるぞ』
「ううん 逸れてない だってゲンム 考えてみて?」
『?』
「うけもちのかみさま は 人間の食べ物が過不足なくちょうどいいように授けてくださってるんだよ」
『ああ 満腹になるようにか』
「ちがうよ 過ぎることも足りないこともないように ちょうどいいように だよ」
『大切なことだし とてもありがたい神さまだと思うけど…それがシャムの話とどう関係するんだ』
「だって ‘うけもちのかみさまがお怒りだよ’ って‘聲’で聴かせてもらったから」
『シャムの聲じゃないのか』
「ゲンムごめんね そもそもわたし シャムのオリジナルの聲ってわからないんだ」
『あ』

 けれどもわたしが耳に…ううん 御身に聴いたことはぜんぶほんとうのこと

 まごうことなき うたがいようのなき まことのこと

 わかるんだ

 5歳だから

『若くないとわからないってことか? わたしはもう‘婆’ だと?』
「ちがうよゲンム 赤子のココロに近いからわかるんだよ ほんとうのことと聴けば素直にそのままストレートに受け止めるからだよ」
「チーズトーストおまたせしました」

 おやつがわりにゲンムのおごりで注文してくれたんだけど

 わたしは過不足なく与えられてるその食べ物として食べてみようとしたんだけど

「たべにくい」
『? ミコこそなに婆みたいなこと言ってんだ』
「ちがうよゲンム リズミカルにたべられない ってことだよ」
『リズミカルに食べる?』

 あ

 聲が

 ………

「ゲンムゲンム!」
『な なんだ急に』
「香香たべろって!」
『コウコウ?』

 ひらたくいえば漬物のこと

 ああ 漬物とか干物みたいな女の子のことじゃないよ ほんとのつけもの

「‘香香ポリリと齧られよ’ だって」
『誰だ そんな婆くさいこと言うのは』

 わたしはなんとなくやっぱりわかる

 けれどもすこしこわくてそれをゲンムにも言っていいのかどうかためらうよ

「ゲンム」
『んん?』
「口の利き方に気をつけたほうがいいよ …っておもうひと」
『う』

 ゲンム

 やっぱりかしこいね
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