第47話 100円晩餐

文字数 1,837文字

 わたしのアパートは実は賄いがつく。
 朝出かける時、

「晩御飯所望です」

 と大家さんに一声かけて100円玉を渡せば作っておいてくれる。
 100円なんて格安もいいところだけど、要は大家さんが自分の晩御飯と同じおかずをふたり分作るだけだ。当然メニューはお任せでまあお年寄りが好みそうなものにはなるけど、大家さんの料理にハズレは今まで一度もない。

 でもなぜ100円なのかっていうと、『面倒臭い』から一律なんだそうだ。

 今朝わたしは大家さんに、

「晩御飯所望です」

 って玄関を出るときに言って100円玉を渡したら、

捨無(シャム)ちゃんツイてるね。今夜は特別メニューだよ」

 って送り出してくれたので出勤も苦じゃなかった。
 事務所で源田(げんだ)さんから、

「シャムさん。今日の日報だけど一家無理心中の現場の血が畳にどの程度の面積で染みてたのかの描写がなかったわよ」

 と厳しい指摘があっても、

「はいはーい♡」

 と染みの面積だけでなく、その血の変色の具合や、無理心中の主犯であった母親が夫の肋骨のあたりを刺してしまって右手首が骨折によって少し変形している描写まで再現した。

 帰りもルンルンで、いつもだったら『飛び降りようかな、どうしようかな』と一瞬は迷う大橋の上でも、

「ちゅるっちゅ、ちゅるりら〜」

 と昔ワナビ小説で読んだ超ポジティブなヒロインの鼻歌もどきを口ずさみ、意気揚々と電車に乗ったらその電車がいわゆるビアガーデン仕様になってて、

「ちゃーす!」

 ってcheers!の駄洒落みたいな掛け声をかけながらジョッキを口につけてた年配のビジネスマンの背中をバン!って叩いたら前歯をジョッキの角にぶつけてしまって出血してた。

 歯根は折れてないみたいだったからまあよかった。

「ただいまー!」

 ノー残業でアパートに着いて大家さんの部屋の引き戸を勢いよく開けたところでわたしが尊敬する漫画家さんのスラップスティックな描写そのものに、わたしは畳の上をツルーン・と滑った。

「101号さん!」
「お先に」
「102号さん!」
「肉は早い者勝ち」
「103号さん!」
「卵はひとり2個まで」

 ちゃぶ台の真ん中に鎮座するまごうことなきホンモノの牛肉を使ったすき焼きの鍋に1階住人の男子3人が正座して今日に限っては背筋をきちんと伸ばして箸をほぼ垂直に立ててついばんでいる。

「シャムちゃんごめんねえ。みんなにすき焼きだってことがバレちゃって・・・その瞬間に3人とも全員が『所望します』って100円玉渡されてねえ」

 わたしは素朴な尋問を3人に向けた。

「晩の賄いは学校とか仕事とか働きに出る人専用でしょう!?」
「部屋で働いた」
「同じく」
「同じく」
「!?な、何して働いたんですか!?」
「斜めになっていた座布団をまっすぐにした」
「同じく」
「同じく」

 幸いなことに大家さんは牛肉と野菜の追加を十分に用意していてくれた。

 それから卵も。

「大家さん、すみません。これじゃあ完全にアシが出ちゃってますよね」
「いいんだよ、シャムちゃん。肉は脳の血の廻りをよくするだろうから気が病んでる子たちにこそ食べさせないと」

 わたしのことも気にかけてくれてるような言い回しだ。
 大家さん、やっぱり好きだ。

 そう思ってたら女子部隊が遅ればせながら到着した。

「大家さん、もしよければ」
「あら!さすが観点(カンテン)ちゃん!気がきくわねえ」

 カンテンさんが持ってきてくれたのは〆のうどんとお餅。

言夢(ゲンム):わたしはデザートのアイスだ。冷凍庫に入れとくな』

 ゲンムは人数分のコンビニアイス。

「ワタシハコーラトサイダーデス」

 超乃(チョウノ)ちゃんも飲み物を差し入れ・・・・うーん、こんなことなら何か買ってきておけばよかったかな・・・・・

「あっ!」
『ゲンム:な、なんだシャム!びっくりするじゃないか』
「ちょっと待ってて!」

 大急ぎで急階段を駆け上がりわたしは2階の自部屋へ。
 戸をガラッ、と開けて

をひっつかんでまた1階のちゃぶ台へ戻った。

「はい」

 トン、とわたしはそれをすき焼き鍋の横に置く。

「きれいね」

 と、眼の観えないカンテンさんが、匂いでもってそう言ってくれた。

 河原にある近所のおばあさんの畑で繁殖しすぎて困っていた紫陽花(アジサイ)を刈り取って花瓶にぎゅうぎゅうに詰め込んであったんだ。

でも、101号さんがクレームした。

「に、肉に花の匂いが混じってしまって、



遥か子供の頃の記憶にある、『肉のコート、ステーキ(素敵)だねえ』っていうくだらない小学生男子の意味不明の戯言よりもひどいと思った。
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