第162話 救われないものに縋る者と救わないのに絶対を求めるもの
文字数 1,839文字
弘法には法敵がつきものだよね
お釈迦さまが悪魔マーラーに打ち克って悟りを開かれたように
キリスト教においてはサタンが引き立て役のように出るがごとくに
でも、多分、本質はまったく違うと思う
「モヤ。逃げ切れそう?」
「あのバイク相当チューンしてる。わたしのギャランに追い縋るなんて」
タイシくんとシナリちゃんにモヤが怒鳴る
「頭は膝に!」
航空機の墜落に備えるようCAが乗客にアナウンスするのと同じ体制とモヤは求めた
「そらそらそらあっ!」
およそツーリング仕様のアマゾネスの巨躯なのに修験者はまるでGPのレーサーで膝のプロテクターをアスファルトに擦り付けるコーナリングで、コーナーを抜けて立ち上がる瞬間に鋼鉄の錫杖をギャランのテールに振り下ろしてきた
運がよかったとしか言いようがない
ちょうど直線道路に出るタイミングで、モヤはギャランのレバーをシフトアップして低音から高音のエンジン音を、フィーン、と鳴らし立てた
ガッキィ
音で錫杖がアスファルトをえぐったと聴認した瞬間から今度は電動カッターが墓石を水を吹かながら切断する時のような音が、火花が立つ音と合わせて聴こえてきた
「ブラック・レインだね」
やっぱりわたしが過去世で観たリドリー・スコット監督の、松田優作がバイクに乗って左手に持った日本刀でモータープールのコンクリートに火花を立てながら全速力で走り、アンディ・ガルシアの首を刎ねるシーン
わたしは運転席のヘッドレストに右手をかけて首だけでリアウインドウの光景と観てモヤに言った
「来たよ」
モヤは腹を決めたみたいだった
「死んだらごめん」
そう言うと、アクセルに乗せた右足を、まるでパーキンソン病の小刻みに震える症状のような高速のアクセル捌きをみせて、左手はシフトレバーをどういう理論と動作の連動かわからないような哲学的な動きでインディケーターを行き来させ、一番分からないことにはアクセルをつま先で操作すると同時にヒールでブレーキをにじるように踏み放しする
「えっ」
まるでノーズを支点にするようにしてギャランのテールが、バンパーの元あった高さまで浮き上がるようにダンシングした
後輪が二輪とも浮いている
「がっ」
モヤ以外の全員が、後輪の着地と同時に上顎と下顎をガンと打ち付けた時に間抜けな発声をしてでもそれでも終わらなかった
今度はノーズが持ち上がる
しかもおそらくタイヤとアスファルトが接地するかどうか数ミクロンの隙間だけのスレスレで
完全に180°ターンした
最高速に加速していた修験者のアマゾネスは横転してスライディングしていく
修験者はバイクから放り出され、その慣性のスピードのままバイクと平行にアスファルトをすべり、まずはバイクが先に田んぼに落ちた
その後修験者は錫杖をブレーキングのように突き出してやっぱり火花を散らせて、田んぼへの落下は免れた
けれどもわたしがこの光景を観たのは、モヤがもはや完全にターンして車線を隣に移し、フィーーーーーン!とギャランを全速走行させ修験者の容姿を完全に観えなくする0.5秒前のことだった
「着きました」
シナリちゃんが案内してくれた
第五十三番札所 須賀山 正智院 円明寺
キリシタン石塔がある
「隠れキリシタンの人たちがこの石塔を拝みに来るのをお寺は黙認していたようです」
シナリちゃんの説明に、まさしく神の如き操車を終えたばかりのモヤが感慨深げに観ている
モヤはやっぱり優しい
「寛容、だね。これもならぬかんにんって言うのかな」
モヤはわたしの恩人にも気遣ってこういう言い回しをしてくれた
けれども当のわたしは皆が戦慄するような事実を告げなくてはならなかった
「キリスト教では救われないって、恩人は言ってた」
タイシくんはものすごい感受性を持っている
瞬時に全てを理解して、そうして瞬時に涙を流してわたしに絶叫するがごとくに訴えた
「じゃあどうやってその人たちを救うんですか!?」
「救ってくださる神仏を認めるしかないね」
わたしの淡白な返しに更に絶望するタイシくんがふたたびわたしに絶叫した
「その人たちにもプライドが!」
「プライドを傷つけたりなんかしないよ」
わたしは安心するように言った
けれどもわたしのこのひとことこそがそのひとたちの実際のプライドを傷つけることにはなるのだろう
「自分の信じたいものを気分よく信じたままにさせてあげてね。その実はここにおわす阿弥陀如来さまが救うんだ。この行基菩薩さまがお彫りになられた阿弥陀如来さまが」
お釈迦さまが悪魔マーラーに打ち克って悟りを開かれたように
キリスト教においてはサタンが引き立て役のように出るがごとくに
でも、多分、本質はまったく違うと思う
「モヤ。逃げ切れそう?」
「あのバイク相当チューンしてる。わたしのギャランに追い縋るなんて」
タイシくんとシナリちゃんにモヤが怒鳴る
「頭は膝に!」
航空機の墜落に備えるようCAが乗客にアナウンスするのと同じ体制とモヤは求めた
「そらそらそらあっ!」
およそツーリング仕様のアマゾネスの巨躯なのに修験者はまるでGPのレーサーで膝のプロテクターをアスファルトに擦り付けるコーナリングで、コーナーを抜けて立ち上がる瞬間に鋼鉄の錫杖をギャランのテールに振り下ろしてきた
運がよかったとしか言いようがない
ちょうど直線道路に出るタイミングで、モヤはギャランのレバーをシフトアップして低音から高音のエンジン音を、フィーン、と鳴らし立てた
ガッキィ
音で錫杖がアスファルトをえぐったと聴認した瞬間から今度は電動カッターが墓石を水を吹かながら切断する時のような音が、火花が立つ音と合わせて聴こえてきた
「ブラック・レインだね」
やっぱりわたしが過去世で観たリドリー・スコット監督の、松田優作がバイクに乗って左手に持った日本刀でモータープールのコンクリートに火花を立てながら全速力で走り、アンディ・ガルシアの首を刎ねるシーン
わたしは運転席のヘッドレストに右手をかけて首だけでリアウインドウの光景と観てモヤに言った
「来たよ」
モヤは腹を決めたみたいだった
「死んだらごめん」
そう言うと、アクセルに乗せた右足を、まるでパーキンソン病の小刻みに震える症状のような高速のアクセル捌きをみせて、左手はシフトレバーをどういう理論と動作の連動かわからないような哲学的な動きでインディケーターを行き来させ、一番分からないことにはアクセルをつま先で操作すると同時にヒールでブレーキをにじるように踏み放しする
「えっ」
まるでノーズを支点にするようにしてギャランのテールが、バンパーの元あった高さまで浮き上がるようにダンシングした
後輪が二輪とも浮いている
「がっ」
モヤ以外の全員が、後輪の着地と同時に上顎と下顎をガンと打ち付けた時に間抜けな発声をしてでもそれでも終わらなかった
今度はノーズが持ち上がる
しかもおそらくタイヤとアスファルトが接地するかどうか数ミクロンの隙間だけのスレスレで
完全に180°ターンした
最高速に加速していた修験者のアマゾネスは横転してスライディングしていく
修験者はバイクから放り出され、その慣性のスピードのままバイクと平行にアスファルトをすべり、まずはバイクが先に田んぼに落ちた
その後修験者は錫杖をブレーキングのように突き出してやっぱり火花を散らせて、田んぼへの落下は免れた
けれどもわたしがこの光景を観たのは、モヤがもはや完全にターンして車線を隣に移し、フィーーーーーン!とギャランを全速走行させ修験者の容姿を完全に観えなくする0.5秒前のことだった
「着きました」
シナリちゃんが案内してくれた
第五十三番札所 須賀山 正智院 円明寺
キリシタン石塔がある
「隠れキリシタンの人たちがこの石塔を拝みに来るのをお寺は黙認していたようです」
シナリちゃんの説明に、まさしく神の如き操車を終えたばかりのモヤが感慨深げに観ている
モヤはやっぱり優しい
「寛容、だね。これもならぬかんにんって言うのかな」
モヤはわたしの恩人にも気遣ってこういう言い回しをしてくれた
けれども当のわたしは皆が戦慄するような事実を告げなくてはならなかった
「キリスト教では救われないって、恩人は言ってた」
タイシくんはものすごい感受性を持っている
瞬時に全てを理解して、そうして瞬時に涙を流してわたしに絶叫するがごとくに訴えた
「じゃあどうやってその人たちを救うんですか!?」
「救ってくださる神仏を認めるしかないね」
わたしの淡白な返しに更に絶望するタイシくんがふたたびわたしに絶叫した
「その人たちにもプライドが!」
「プライドを傷つけたりなんかしないよ」
わたしは安心するように言った
けれどもわたしのこのひとことこそがそのひとたちの実際のプライドを傷つけることにはなるのだろう
「自分の信じたいものを気分よく信じたままにさせてあげてね。その実はここにおわす阿弥陀如来さまが救うんだ。この行基菩薩さまがお彫りになられた阿弥陀如来さまが」