第147話 rYoZeN

文字数 1,983文字

 悪霊(?)を輪廻に戻したわたしたちは第四十四番札所を目指す

 けれども誰かが邪魔をしてるようだ

「シャム。カーナビが変」
「うん」

 わたしも常日頃から営業で山の中を運転することがあるから経験はあるよ
 50m先のはずの左折ポイントなのに200mぐらい前から曲がれというナレートが入ったり突然100kmほど南西の地点の地図になったり

 でもこれはさすがにやりすぎぐらいの怖さだよ

「この道、こんなにあるはずないんだけど」

 山道のカーブに入る手前からヘアピンを抜けて真っ直ぐの下りに入って標高を下げ始めるほどの1kmの道路の両方に

 100以上の鳥居⛩のマークが立った

「神を騙る悪鬼かな」
「ううん違うよ」
「え?」

 モヤがナビのパネルを何度かタップしながら眼球は前方を観ながら視野だけ魚類のように左180°の横目でわたしに疑問をぶつけてきたから答えた

「神を騙るインフルエンサーだよ」

 わたしは今日着ている七部裾の純白のボトムをくるくるとめくりあげて左の腿を完全に露出させる
 肌色のひざより上の裸の脚にスマホを置いた

「なんで」
「わたしのカラダをアンテナにするから」

 モヤだからそのまま、あ・そう、と理解してわたしの作業を妨げることなく運転に集中する

 わたしはアプリをタップした

『電光朝露』

 起動時の画面は周囲をまるで少女のうぶ毛のような繊毛にくるまれる葉っぱの写真
 その上にやや平たくなった雨露がすすと雫になって落ちるところで動作が始まる

デンコーチョーロ:神社ですか?寺社ですか?

「神社」

デンコーチョーロ:世界観ですか?価値観ですか?

「世界観」

デンコーチョーロ:自己実現?他者実現?

「どちらでもない」

デンコーチョーロ:オープン・クエスチョンに切り替えます どんな?

「自分を神として崇めさせようという意図」

デンコーチョーロ:信奉者の人数は?

「5万人から100万人ぐらい。差異はある」

デンコーチョーロ:どうしますか?

「消して」

デンコーチョーロ:…‘リロード中です この作業には数分かかる場合があります’

「シャム?どうなってるの?」
「このひとたち、わたしたちが満願したらマズいみたい」
「で、でも、別にわたしたちインフルエンサーに恨まれるようなことしてないよ?」
「してるよ」

 『ほんとうのこと』を言う人間をつぶしとかないとこのひとたちは自分たちの『そらごと・たわごと』がバレちゃうからね

デンコーチョーロ:削除準備ができました

「消して」

デンコーチョーロ:ほんとうに削除しますか?

「くどい。消して」

 すぱっ、と電光朝露のアプリ画面が終了した

 わたしは各種SNSを確認する

「…うん。モヤ、もう一回ナビの画面をタップしてみて。ト・トン・トン、て」
「え?」

 モヤは不思議がりながらもわたしの言う通り、左の人差し指でタップした

ト・トン・トン

「あっ」

 鳥居が、ダララララララ、と消えた

「なんで」
「ほら、ご覧、モヤ」

 わたしはスマホの画面をモヤに観せる

「あ、このひとって…」

 カラダを鍛えることがすべての悩みを解決しカラダを鍛えることによってポジティブに生きなきゃ嘘だというアカウントでフォロワーが200万人に迫っていたひと

 たったひとりのフォロワーじゃない子のリプに答えられなかった

『僕はいじめに遭っています いじめをする子はあなたのアカウントを見てカラダを鍛えています その鍛えたカラダで僕の肋骨をパンチして僕は毎日寝ていても息苦しくて眠れなくて起きている時はちょっとでも痰がからんだら、ゲボォ、って逆流させないと呼吸をすることすら無理でその、ゲボォ、っていう音から僕のあだ名がゲボォ、になってしまいました 漢字も『下僕ォ』って当て字をされて、毎日死にたいです でも僕をいじめる子にいじめられないようにカラダを鍛えることはあなたに服従するみたいでそれだけは絶対にいやです なぜあなたはカラダを鍛えることだけが『ほんとうのこと』みたいに言うんですか?』

 このリプに5分間で答えを出せなかっただけでまずフォロワーが10万人減った

 それからいじめに遭うその子と同じようにカラダを鍛えたり研究やエンタメで成功したりという類のアカウントに苦しめられた子たちが次から次へと同様のリプライを入れてきて、わずか10分の間何も対応できなかっただけでフォロワーが20万人まで減少した

 最後には『あれ?フォロワーたった20万人かよ?』と、フォロー数に権威を見出していた人たちがフォローを外した

「モヤ。やりすぎたかな」

 他の神と崇められたい系のアカウントも次々と崩壊する中、わたしの問いにモヤは的確に答えてくれた

「ううん。『世界観』で煙幕を張って『ほんとうのこと』を観えなくすることは、神託をすり替えるに等しい所業」

 そう言ってモヤは、ギャランのアクセルを多分わざとヒールのピン部分で突き刺すように踏み込んで最後の峠を登り切った

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み