第172話 プレーン・ブレーン・ぶらーん

文字数 1,886文字

 ブレーンと呼ばれるひとにブレーンを欲しがる人が出会ってブレーンストーミングでもしてなよ

「脳嵐」
「漢字にするとすごいよね」

 もはや修験者がわたしたちに併走してるのは確実となって、そうして彼女がわたしを負かしたいのだということもはっきりとわかった

 だから対策を練るために、モヤとわたしはギャランを停めて次のお寺まで歩いた

 第六十四番札所 石鈇山 金色院 前神寺

「えらいね」
「ねんごろ」
「ロック歌手」
「柚子ソーダ」
「ダイナマイト」
「トメイトウ」
「はい?」
「ト、Tomato」
「…ウ?ト?」
「ごめんなさい、『ト』で」

 モヤとわたした徒歩で移動している間続いたブレーンストーミング=脳嵐=しりとり、は合計200の単語がふたりの間で応酬された

 解決策は出ない

「まあでも緊張がほぐれたよね」
「シャム。順番を変えた方がよくなかった?」
「変えたところで修験者はどうにかしてわたしたちの航路をつかむでしょう。なら最初からからまれるものと覚悟して対処した方がいいと思って」

 ブレーンが居る

 ううん、ブレーンって言っても、参謀っていう意味のブレーンじゃなくって

 彼そのものが彼女の脳ってこと

「待ってた」
「よくわかったな」

 モヤとわたしのブレーンストーミング=脳嵐=しりとり、の攻防におびき出されて現れてくれた

 真の逆賊

「自己紹介しようか」
「必要ない」

 必要ないというのは音声としてはわたしが発し、モヤも首肯によって同意を示した

 できうることならばジェスチャーであろうともこの男とのコミュニケーションはわたしの大切な人には取らせたくはない

「そんなにワタクシは有名だったかな」
「おそらく娑婆の誰よりも」
「ふはっ。なにか世に名を残すことでもしたかな」
「殺人54件、拉致監禁156件、恐喝1265件、薬事法違反2500件、銃刀法違反3244件、詐欺罪約15000件、国家転覆罪2件…の計画立案と『こういう方法もありますよ』と自分は手を染めずに史上最悪のインフルエンサーをそそのかして自分は冷静沈着な容貌のままでい続けた悪逆の徒」
「ふはっ。ワタクシは逮捕も起訴もされていない。侮辱罪でアナタを訴えますよ」
「わたしがしてるのは刑法の話じゃない」
「ほう」
「仏法を謗る逆賊への鉄槌」
「牝、狗ぅ!!」

 レクサスの後部座席でふんぞり返るんじゃなくて両膝を揃えて少し顎が尖った顔の筋肉も別に動かさなくて、スモークのドアウインドウから音声が聞こえるようにガラスを下げた隙間からキーが高いダミ声が呪いの言葉と一緒に流れてきた

 ところで牝狗ってわたしに言うのは別に侮辱罪にあたらないだろう

 別に牝狗が悪いわけじゃなく侮辱の対象にもならないだろう

 悪いのはこの男だろう

 ところで運転席に居るのは女修験者だ

 けれどもこの女修験者の存在感をもってしてもこの男にばかり全神経が向いてしまうことをわたしもモヤも止めることができないのはほんとうに悔しいことだ

 男は恥辱に触れられたように気が触れたように叫び続けた

「このワタクシこそ仏法の最上だぞこの売女が!このワタクシこそシャカの生まれ変わりだこのビッチが!このワタクシこそ三千大千世界の統治者だこのクソが!」
「死刑になってそのあと閻魔さまの前でなぶられ続けているあの男はどうしてるの」
「あんなものはデクだこの淫売が!あんなのもはブヨブヨの着ぐるみだこの虫ケラが!あんなものは生きてる価値など最初からなかったのだこのブタが!」

 モヤがとうとう動いた

 ものすごい冷静な判断をもって

「仏敵!成敗!」

 追い越し車線に並んだレクサスをまずは左車線から全速力にわずかコンマ1秒で到達させて追い抜き後方100mまで置き去りにする

 そうしてやった

 あの180°ターンを

「シャムごめんあなたを降ろしてる猶予がないの」
「いいよモヤあの仏敵を閻魔さまの前にお届けできるなら」

 そうは言いながら物理的にはチキン・レースの如き正面衝突ではギャランのフロントグラスの前に座るモヤとわたしとレクサスの運転席に座る修験者とならば即死だろうけれども後部座席の仏敵は自分の身を守る本能だけは進化し続けているのでシートベルトをしていて安全な体勢をとることも忘れないだろうから生存する可能性が高い

「400km/h出すから」

 モヤの言葉に安堵した

 そのスピードならば

 マウスピースをせぬ我ら全員上顎と下顎がぶつかる衝撃で舌を噛み切って窒息死するだろう

 閻魔さまに舌を抜かれるがごとくに

「ごめんねシャム」
「ううんわたしは光栄だよあの仏敵を滅ぼせるなら末代までの大功徳だよ」

 果たしてギャランとレクサスはもう接触しようとしていた
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