第61話 幸せになりたいよね

文字数 1,650文字

 幸せってなんだろう?

 自分の顔を鏡に映して観ると眼が自分の瞳の奥の奥を見つめてるよね。疲弊してるし挙動不審。

 好きなことをやって生きていくことが幸せなんだとしたら、それができてる人ってほんとうにわずかだろうと思うし、ましてや好きなことを仕事にできている人だと見つける方が難しいんじゃないかな。

 わたしは仕事と関係なく連休の街を彷徨ってインタビューしてみたんだよね。

「あの、すみません」
「え?はい」
「あなたは只今幸せですか?」
「え」
「好きなことして生きてますか」
「え。え」
「好きなことを仕事にできてますか?」
「ええと・・・・・・・・そうじゃないですね」
「あなたは幸せですか?」
「・・・・・・・・分かりません」

 今のは二十代男子。

「あの、すみません」
「あ、はい。なんですか?」
「あなたは只今幸せですか?」
「え?只今?今ってことですか?」
「はい」
「そうですね・・・そこそこ幸せかもしれないですね」
「好きなことして生きてますか」
「うーん、それはちょっと違いますけど」
「好きなこと仕事にできてますか?」
「そうではないですね。でも、仕事が楽しいって思える瞬間はありますよ」

 今のは三十ちょっと過ぎの女性。

「あのすみません」
「あ、ちょっと急ぐから」
「人生の根本に関わることよりもお急ぎの用事ですか?」
「・・・・・・・・なんだ、1分だけだよ」
「あなたは只今幸せですか?」
「幸せってなんだい」
「分かりません。あなたご自身はどうですか?」
「失礼な人だな。自分で幸せの定義もできてないのに他人様に訊くんじゃないよ」
「すみません。好きなことして生きてますか?」
「俺の好きなことはゴルフだけだよ!」
「好きなことを仕事にできてますか?」
「!!!俺は大学でゴルフ部だったけどプロにはなれなかったんだよ!もう行くぞ!」

 今のは60代男性、会社役員。

「あのすみません」
「はい」
「あなたは只今幸せですか?」
「いいえ、不幸です」
「好きなことして生きてますか?」
「何一つ好きなことができてません」
「好きなことを仕事にできてますか?」
「仕事じゃないですけど、今僕が義務としてやらなきゃいけないことすべてが嫌で嫌でたまりません。苦痛です」

 十代男子、小学校5年生。

 たった四人だけどなんだか絶望的なアンケート結果だよね。
 みんなこんなもんなのかな。
 わたしが勝手に一人で幸せの答えを見つけようとしてるだけかな。

 あっ、でも。

 一人、いるかも。

 炎天下の街を歩き疲れたからこの間、超乃(チョウノ)ちゃんと一緒に涼んだデパート横の噴水の木陰までやってきたよ。今日は移動販売のクレープ屋さんでクレープじゃなくってサブメニューのバニラソフトを買って右手に持って。

 ソフトが溶けてコーンを伝って流れてくるのが二筋目になったからその溶解してる部分を唇で齧ってリセットして、そうしてスマホを操作した。

 わたしが検索したのは、ある研究機関の所属研究者紹介ブログ。

 プロフィールにコメントが乗っかってるよ。

『今の研究者としての立場が本当に天職ですね。正しく水を得た魚です。時機を見て海外にもリサーチの為に渡航したいと思っています。言語の面も研究をやっている間に論文を書けるレベルになりましたし、同じ研究室に海外の優秀な研究者も赴任しているので議論も活発です。今度共著ですけれどもまた論文を出版します。おそらく学部生の皆さんのテキストとしても指定されると思いますのでお読みいただけると嬉しいです』

 以前神社で千円札を賽銭箱に入れていたあのワナビ小説書きの投稿サイトのプロフィール画面を思い出して比較してみた。

 みすぼらしい

 それがこの研究者のプロフィール画面と並べてみたときの率直な感想だよ。
 しかもあのワナビ小説書きの場合はこの研究者と決定的に違う部分は、『出版されていない』っていう点だよね。

 わたしは研究者のプロフィール画面の最後の段落を読んだ。

『この研究によって人類に貢献したいと思っています』

 そして、最後の一文。

『今、とても幸せです』

 幸せなんて、こんなもんさ。
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