第133話 よさこい夜猿恋

文字数 1,010文字

「土佐の高知の播磨屋橋で坊さんかんざし買うを見た」
「よさこい節だ」

 第三十一番札所 五台山 金色院 竹林寺

は、よさこい節の舞台で有名なお寺さんだ

 お坊さんの恋の歌、ってことなんだよね、そのままの意味だと

「モヤはよさこいって出たことあるの?」
「うん。レディースの時にね」

 写真を観せてもらった

「これはなかなか」
「へへ」

 極彩色の衣装でステージ上に舞うモヤ

 メイクもなかなかくっきりはっきりしてて

「かわいい」
「えっ」
「かわいい、って言ったんだけど?」
「…ありがとう…」

 北は北海道から南は沖縄まで

「ギャランでツーリングして飛び入りで参加させてもらってたんだ」
「ひとりで?」
「うん」
「いいね」
「うん」

 徒党を組んでたわけじゃないんだね

 むしろ孤高を慕う子たちが勝手にモヤに連れ添って

「わたしのレディースのメンバーの子たちはね。一方的に殴られる子たちばかりだったんだよね」
「殴られる?」
「うんいじめ」
「じゃあその辛いことを暴走してうさ晴らしたってこと?」
「暴走…ううん多分暴走じゃあなかったと思う。制限速度守ってたし」
「ああ…そっか」

 暴走、という意味では本家本元のよさこい節に出てくるかんざしを買うお坊さんこそ暴走だろう

 暴走の最たるものだろう

 暴走族って聴いてモヤに偏見を持ってたのは事実だよ

 ただ暴走の理由が赤ちゃんポストに入れられてたことなのだとしたら納得できるという程度の浅いわたしの自己完結だった

「この写真が特にかわいい」
「やめて」

と、言いながらモヤは自分のスマホの画面をわたしの視界から傾けることはなかった

 自己の境遇の不遇が他者をいたぶる理由にはならない

 でも自己の真っ直ぐ育てた厚遇が屈折したひとのココロを理解しなくてもいいという理由にもならない

 そうして互いに理解することをね

 自分のココロで全部できないことも

 わたしはわかるよ

「シャム。あなたは分かってくれる?」
「うん」
「わたしが生まれたその境遇を永遠に納得できないことを」
「うん。わかるよ」
「嬉しい」
「いいの?」
「なにが」
「わたしは他にもモヤに何かしてあげたい」
「ありがとう。でもね」
「うん」
「わからないのに何かしてもらうことの方が余計にみじめ」
「うん」
「だからいいの。わかってくれることがすべてのスタートなの」

 わたしの恩人が発狂したひとたちの背中をさすって、そうかそうか、とただひとことそう告げてあげたことは

 ほんとうにほんとうに仏心なんだとおもう

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み