第141話 ほんとうに統べるとは

文字数 1,986文字

「シャム、教えて」
「なに」
「統治するってどういうことなんだろう」
「それって娑婆の話?」
「ううん。すべての世の話」

 わたしが示すとしたらこのほかにないんだけど

「日本の、統治神たる女神さま、のその統べ方だと思う」
「たとえば人間でも?」
「もちろん」

 当たり前だよ

 娑婆には数多の政治書やら経済書やら啓蒙書やら自己啓発書やらリーダー論やらなにやらあるけれども

 御神徳によって統べる以上のことがあるわけない

「だからどんなに立派な経営者の理論と実践だったとしても、統治神たる女神さまのその温かで和らかでけれども厳かなその統べ方に比肩するものなどあろうはずがないよ。ごめん、抽象的かな?」
「う・ん。少しね。でも頭じゃなくて感性でわかるけどね」

 そう

 この感性ばかりは一朝一夕にはできないんだよ

 モヤにはそれがある

 どういう理由かわからないけど、赤ちゃんポストに入れられてたその出生と、運命的なことに高野山の青年御坊に引き取られて四国の仏縁ある施設で育ったことと、暴走族の長となりながらも只今現在は19歳にして凄腕先達ドライバーとして生きてきたことによって感性が根っから神仏と日本国土への奉仕でできあがっている

「モヤ。だからね、人間が統べる場合、自分が『神』のような振る舞いをしては決してならない」
「たとえば?」
「お山の大将的に企業や大小の組織の中における長が『カリスマ』なんて言い出したら要注意だよ」
「あぁ…うん」
「あとは今の時代にいちばん自分が『神』として崇め奉られようと口が滑らかなのは『インフルエンサー』と呼ばれるひとたち」
「うん…うん」
「それから『研究者』」
「どうして?」
「何度も繰り返して言うけどたとえば宇宙のことを研究してたとして宇宙の起源を解き明かす、なんて言ってたとしてもね、ビッグバンとかブラックホールとか言ったとして自分達の基準で映像化したり観測したりしてもね、そもそもその『意味』ってわかると思う?」
「思わない」
「お月さまが闇夜に遍く人々を照らしてる『意味』も『理由』も分かるわけがない。お日さまがすべての生き物のエネルギーの根源を一瞬たりとも休まずに与え続けてくださっている『意味』も『理由』も分かるわけがない。ほんとうに分かろうとしたら神仏に直接お教えいただくしかないと思う。だから、弘法大師さまは『虚空蔵求聞持法』をおやりになったんでしょう?」
「うん…はい…」

 モヤはほんとうに素直に頷いてくれる

 ほんとうのことをほんとうのことと認めることほど難しいことはないというのに

 モヤはその感性で瞬時に得心して先へ進む

 そう、先へ進む

 科学の進歩は時として退歩でしかない

 弘法大師さまのように、虚空蔵求聞持法に取り組んだり、現代の阿闍梨のように千日回峰行に命を賭したり、在家ならばひたすら仏の側からいただく一方の他力のお六字に気づいたり

 むしろそれこそが最先端のものであったはずなのにそれを捨て去って間違った合理に走り

 無間地獄にはまっていく退歩の道を、先行き細る一方の道をうつうつと歩いている

 証拠に、戦争が無くなっていない

 犯罪も無くなっていない

 いじめも虐待も差別も何も無くならずにむしろその酷さが倍倍バイバイで増殖している

 増殖、というのは自動詞ではないだろう

 誰かが増やし・繁殖させているということだろう

 繰り返されるのは言い訳ばかりで

 できないことの言い訳ばかりで

 日常を生きるひとたちも、気がついたら根本を忘れている

 自分の推しに毎日遭いたいのなら

 国家安泰・世界平和がないと実現できない

 好きなアニメを観たいのなら

 国家安泰・世界平和がないと実現できない

 好きな小説を書きたいのなら

 国家安泰・世界平和がないと実現できない

 恋人といたいなら

 国家安泰・世界平和がないと実現できない

 そもそもその国家安泰と世界平和は

 神仏の統治でないと絶対に実現できない

 そして最も悪逆の行いとは

 神でもない者が神のごとく振る舞いて私腹を肥やすこと

 神でもない者が下僕たちの忖度によって神でもあるかのように勘違いしてしまうこと

 最悪なのは

 勘違いを自覚しながら、そのまま乗っかって自分の都合よい世界観でニセモノの統治を行うこと

 更に狡猾なのは

 ほんとうのことを隠しおおして、自分が『神様の側だ』と民を騙すこと

 国賊と呼ばれた人間は、誠の忠孝のひとに対して『その神託をこっちの神託にすり替えよ』と凄んだ

 誠の忠孝のひとはそれを拒み、ために足の腱を斬られたという

 また、あるひとは左遷され

 あるひとは殺されてしまった

 ああ、この期に及んでまだ

 自分の都合のよいように世界を貶めようとする悪逆の徒が跡を絶たない

 悪鬼神が跡を絶たない

「シャム。わたしは悪逆の徒に堕ちたくない。ほんとうのほんとうに神仏の側に居たい」
「できるよ」
「できるかな」
「できるよ、モヤ。同行ふたりなら」

 
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