第55話 いじめと戦争の根絶ってできると思う?

文字数 1,532文字

 わたしは今の仕事以前は色々やってたよ。
 実は海外に赴任したこともあるし営業職もやったし。
 ずっと昔はウエイトレスとかね。

 いい?
 カフェスタッフじゃないんだよ、ウエイトレスだよ。

 両者には決定的な違いがあってね、カフェスタッフがゼネラリストならばウエイトレスはスペシャリストなんだよ。
 イメージとしてはストイックだけどコミカルな探偵ドラマや刑事ドラマのワンシーンに出てくる純喫茶店でもちろん喫煙OKでちょっとしたアルコールも出して・・・・そうだね、コーク・ハイとかね。
 そういう店のカウンター脇に片手をかけて階段から地下に降りてくる客を待ってて、「いらっしゃいませ」と迎えた後に片手でおしぼりと水のグラスを銀盆に乗せて、「ご注文は?」って訊いたら客がひとこと、「ブレンド」とか「アイスコーヒー」とかオーダーする割合が8割ぐらいの状況で決して一見の客が「マキマキマキ」とか「ラッテラッテラッテ」とか不可思議なことを言い出さないようにしっかりと圧力をかけるのがウエイトレスなんだよ。

 え、違う?

 ずっと昔はそうだったんだよ。

 でもね、わたしがウエイトレスの仕事の他にも触れたら感染しそうな塵芥に染まった輸入学術書籍専門の書店で働いていたときも、煎餅屋さんの売り子として老婆老爺を相手に客引きしてたときも、常に常に常に常に常に『いじめに遭った過去』が重低音みたいにみぞおち辺りに響いてわたしの精神と行動を支配してきたんだよね。

 楽しくならない

 仮に一旦楽しくなったとしても、必ず楽しくない状態に急転直下するはずだっていう予感というよりはキッチンのシンクに氷が完全に溶けてせっかくのアイスコーヒーもミルクも薄まってエマルジョンみたいに白濁したのを流してそれがくるくるくると渦を巻いて吸い込まれていくみたいにして、必ずたった一日の内にいじめの全砲火を浴びる身に転落したあの時を思ってしまうんだよね。

 楽しくならない

 楽しくなったとしても転落する

 だからいじめに遭った、あるいは遭っている子たちは、誰を差し置いても全力で救いに行ってあげないと。

 そして、その子たちが以後の人生において安楽をいつの日か掴めるようにするにはこう高らかに宣言しないとダメだよね。

「今この瞬間をもっていじめを根絶する。以後の人生において決して再発させない」

 ほらよくいじめの原因はいじめられる側にもあるってまるで『世の中そんなもんだ』って現実主義者のフリして詭弁をふりまく人がいるでしょ。

 じゃあわたしはこういう例示を挙げてみるよ。

『戦争の原因は侵略される側にある』

 どう?

 どう?

 どう?

 何か言ってみなよ!

 キミの子供がいじめに遭うとか言う気はないよ。
 けれどもキミがもし国境地帯の少数民族で子を持つ親だったとしてさ、その居住エリアが侵略や虐殺に遭ったらさ。

『侵略される国に原因がある』
『虐殺される側に原因がある』

 いじめと紛争・戦争は違うって?

 同じだよ。

 いじめをしない人間はそういう本質、つまり『ほんとうのこと』が分かってるからいじめをしないんだよ。

 もっと言おうか

 いじめに遭ってる子たちはね、『国連平和維持軍』と同じなんだよ。

 Peace keeping forces なんだよ!

 いじめる人間といじめない人間の分岐点に入り込んで、自分が心身を挺して自分以外の人間がいじめに遭わないようにしてるんだよ。

 え?

 違うって?

 そんな崇高なモンじゃなくってただ単に弱くて自己が無いから虐げられてるだけだって?

 ふうん

 ならわたしはそのpeace keeping forces の武装化を進めるよ。

 ナイフがいい?

 銃がいい?

 ほんとはね

 わたしはいじめをするキミですら捨てたくないんだけどね

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み