第258話 借りがないのはすがすがし

文字数 1,958文字

 質屋ってわかる?

 わたしも全然わからなかったけど シャムの記憶の中ではものすごくはっきり残ってる

「いらっしゃい」
「こんにちは」

 なぜわたしが質屋に来たかっていうとまたまたゲンムのお母さんにお遣いをたのまれたんだ

 しちぐさを引き出してきてほしいって

「おじょうちゃん 質屋ははじめてかい?」
「はい おばあさんはずっとこのお店をやってるんですか?」
「そうさね 嫁に来た時からずっとね それで引き出したいのは?」
「はい ゆびわです」
「ほう」

 しゃくようしょ っていうのをまず渡してね ってゲンムのお母さんに言われてたからおばあさんにわたすと おばあさんは次にこう言ったよ

「そしたらお金は?」
「これです」

 ふうとうをわたす

 ゲンムのおかあさんがね ぜったいにふうをあけちゃだめだよ って言うから 封筒を きゅう って両てのひらに挟むようにして持ってきたから多分温かいよ

「カイロみたいだねえ ふんふん」

 おばあちゃんは手の爪で ぴー って封を切ってね

 へぱ って封筒の口をだえんけいにして中身をしたからのぞきこんだ

「確かに」

 そう言っておばあちゃんは玄関の上がり口に正座して座ってたんだけど立ち上がって階段をぎちぎちと登っていった

「痛くないのかな 冷たくないのかな」

 上がり口に腰掛けるわたしには座布団を出してくれてたけどおばあちゃんは木の床に直に正座してたから

 質屋のおばあちゃんが階段を登ったその上あたりで ぎ・ぎ・ぎ って音がしてね 音の感じからなにか重いものを引っ張ってるのかなって想像した

 そうしてわたしのちょうど真上のあたりで とたとたと音がする

 その後しばらくけはいが消えて

 ぎ・ぎ・ぎ・ぎ…

 押してる?

 ガチャ・ド

 ってさいごの ド って音の質感からドアを締める音だってわかった

 階段は降りる時の方が大変みたいで 後ろ向きになって四つん這いでおばあちゃんは降りてきた

「大きなドアなんですね」
「ああ 鉄の扉さ ワシの娘には『狼がいるから絶対入っちゃダメだ』って教えてた」

 蔵 なんだって

「昔はほんとの蔵を一棟建ててあったんだけどね 今はこうやって家の中の一部屋を改造して蔵にしてるのさね」
「ドアも?」
「そうさ 質草をどろぼうに盗られないように保管するようにね 決まりで鉄の扉にしないといけないんだよ 盗まれるような高価なものはないけどね…おっと」
「?」
「おじょうちゃんのこれは別格さ」

 そういっておばあちゃんは小さなポケットサイズの巾着の口紐を解いて人差し指と親指とでつまんでそれを観せてくれた

「見事な翡翠の指輪だよ」

 リングが太くてその幅の中に小さな翡翠が埋められてあった

 おばあちゃんが言うには翡翠そのものの大きさはさほどでないけれどもリングのデザインと翡翠の質がとてもいいのだということを一切外来語を使わずに説明してくれた

「はい 確かに」

 おばあちゃんは ぽん ってハンコを押した紙と指輪をその巾着に入れてわたしに渡してくれた

「これで借金はなくなったってこと?」
「はは むしろこの指輪に関してはねえ」
「うん」
「ワシの方が借りがあったねえ…」

 わからないけどなんだかいい気分

「おまけだよ」

って言っておばあちゃんは和紙にくるまれた小さなお菓子をやっぱりきれいな赤い縁取りの敷紙に入れて一個くれた

「中に梅干しが入ってるお菓子だから歯を折らんようにね それじゃあありがとね」
「ありがとう さようなら」
「はい 左様なら」

 質屋さんの玄関を出ておばあちゃんがとたとたやってた辺りの2階の窓を見上げるとね やっぱり窓ガラスじゃなくって鉄の引き戸が半開きになった小窓にね 鉄格子があったよ

 これも質屋さんの蔵の決まりなんだって

「ただいま おかあさん はい 指輪」
「おかえり ミコちゃん ありがとうね」
「しちぐさは指輪だったんだね」
「ふふ 質草なんて人ぎきのわるい これはね そういうんじゃないのよ」
「? じゃあ お金借りてたんじゃないの?」
「あのね ゲンムのひいおじいちゃんの指輪なのよ」
「? おんなのひとの指輪だよね?」
「ミコちゃん わたしの大舅さま…ゲンムのひいおじいちゃんはね 戦争に逝って還って来られなかったの」
「そうなんだね でもそれとこの指輪とどういう」
「質屋のおばあさんは何か言ってなかった?」
「借りがあったのは自分の方だったって…」
「そう…ミコちゃん」
「はい」
「時節 って分かる?」
「じせつ?」
「このタイミングを逃したらもうその願いごとはかなわない っていうちょうどいい時のことよ」
「うん」
「時節によってね 好きなひとへの想いもかなうことがあったり 叶うことがなかったり…ミコちゃん」
「はい」
「若くても歳を取っても その時節を大切にね」

 ちょっとわかって

 やっぱりわからないけど

 じせつが来ればわかるのかな
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