第242話 だまされてやりなよ

文字数 1,235文字

 えらいひとはなにをしてもだましたことにならない

 だってきべんでどんなあとづけの理由でも ああなるほど って同調する応援団がいるから

「困ります おかあさん」

 今度は歯医者じゃなくて内科の病院なんだけど予診をする看護師さんが静かに悲しそうに叱ってるのはどうもそのおばあさんみたい

 おばあさんが車椅子に座り

 その押し手を女のひとが握りしめている

 ふひつようなまでに強く握りしめている

「だっておとうさんがわたしのことを思って書き直してくれたのだから」

「『介護連絡帳だな』え れんらくちょう? ゲンム 大人でもそんなのあるんだね『ああ 大人になりすぎたらな』」

 看護師さんはそのれんらくちょうを手に持ってね 自分の頭の上の方まで持ち上げて天井のLEDにかざしてたよ

「読めませんねえ おかあさん デイサービスのスタッフさんはなんて書いたんです?」
「娘の前じゃ言えないね」

 その娘さんが口を開いた

「おかあさん 看護師さんもお医者さんもおかあさんがデイサービスでその唇が切れてるのを見せた時におとうさんから虐待を受けてるんじゃないかって心配してくださってるのよ? わたしがおとうさんとおかあさんを看ることのできない日中に転んだりしてないか 粗相しておむつを濡らしてないか そういうわたしができない部分を把握して看護や治療に活かさなきゃいけないでしょ?」
「誰も頼んでないよ おとうさんもおかあさんも介護などいらない 大丈夫なんだよ」

 ゲンムが無言で歩いて行った

 メモ帳を持ってる

 筆談するつもりだ

‘あんた 往生際がわるいよ’

 そのメモをおばあさんに突きつけた

「往生際? わたしがかい?」
‘ああそうだ’
「だってわたしは大丈夫」
‘何をもって大丈夫なんだ’
「おとうさんがわたしは大丈夫だって言うから」

 ゲンムがものすごく大きな字を書いているのが手元とペンの動きでわかった

‘奴隷が!’
「あらわたしは奴隷なんかじゃないわ おとうさんとわたしはとても仲がいいもの」

 わたしも我慢できずに行った

「なによあなた」
「おばあちゃん ながいきしすぎ」
「ああん!? ぢょっとばて!」

 誰の声かと思ったらおばあちゃん本人の声だったよ

 ひとがかわったみたいだよね

「ながいぎじちゃだめなのが!?」
「だめだよ」

だってだまして長生きしてるんでしょ?

かみさまからあたえられた寿命があるのに

それが尽きる頃が近づいたら死ぬのが嫌なあまりに生きている

死ぬのが嫌だから生きてるだけ

からだはもう休みたいってうったえてるのに

薬で騙し

ココロももういいだろうって自分のお腹の奥底でつぶやいてるのに

総活躍っていうスローガンでだます

「ほんとうにお出直しになるよ?」
「ゔるざい!!」

 おばあちゃんはもはや生きてることがじょうだんだよ

 娘さんが言ったよ

「お母さん ほんとうに生きたいひとと代わってあげて?」

 もしほんとうならば死んでるひとを医療保険のカネが欲しい金の亡者の研究者たちが寄ってたかってだまして生かしているだけならば

 もうさよならだよ
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