第125話 海に殺戮はなく

文字数 1,002文字

「シャム。高知と言えば?」
「マグロ」

 そう

 遠洋マグロ漁船の基地である高知

 カツオももちろん一本釣りで有名だけど、わたしにしてみればやっぱりマグロ

 それも遠洋の

「シャム。マグロを獲るのってどう思う?今は環境保護の問題とか水産資源の問題とか色々あるけど」
「殺生することに変わりはない。イルカだからとかクジラだからとか、蚊を両手のひらで潰したりゴキブリをホイホイホイって捕獲して屍か生きたままのをゴミ箱にぽいって捨てたりして殺すのと別立てになんてならない。むしろそっちの方が罪が重い」

 そうこう言っている間に港に着いた。

 ギャランから降りながらふたりして話を続ける。

 わたしはおそらく極めてほんとうに近いことを口走る

「マグロは人だよ」
「うん」
「カツオも人。蚊も人。ゴキブリだって人。スズメバチだって人。進化論なんて虚言だよ、モヤ」
「うん」
「進化論なんか最初からない。あるのは輪廻だけ」

 クラッカーが鳴る

「気をつけて!」
「お父さん!地球の裏側の彼女によろしく!」

 女房や子どもたちが船出するマグロ漁船に紙テープを投げる

 大漁旗をはためかせた300トンの真白な美しい船体が、大きく舵を切る

「達者で!」
「ああ!」

 ゴロゴロゴロゴロ
 ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド

 ヴルルルン!って機関長がエンジンに拍車をかける

 クセになるような重油の匂いが、排気される紫煙からバース一体に広がっていく

「逝くぞ!」
「おおー!」

 デッキのもやいを片付けながら手を振る船員たち

 モヤが海に落ちんほどバースの縁までハイヒールで駆けて、そうしてたくましくもいじらしい女房たちの半歩前に出て、声を張り上げた

「あんたたちの船は!遣唐船と同じ!日本の大志!」

 モヤをやんやと女房たちが囃し立てる

「あんたらの船は!弘法大師さまのご加護あり!絶対に沈まない!」

 いいぞー!、と子どもたちも叫ぶ

「あんたらは!お不動さまの遣い!日本の食い物を稼いでくる!」

 金もなあ!ってゴム長靴をデッキに吸い付けて歩く男たちが笑いながらモヤに怒鳴り返す


「弘法大師さまのような!あんたらは豪傑!嵐が来ても!『神仏の息吹』と笑顔になって!」

 船頭が、ブリッジからマイクでがなった

「ありがとう!タクシー・ドライバー!行ってくる!」

 スクリューがフル回転する

 ぐいーん!と船尾から起こる白波とともに、今度は男たちは黒潮の黒々とした太平洋の、真正面を見据えた

 わたしは、海が好き
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