第124話 不動明王にひれ伏す
文字数 960文字
第二十六番札所 龍頭山 光明院 金剛頂寺
ご本尊は薬師如来さまで創建の頃は女人禁制で、女性は不動堂から遥拝したらしい
不動堂
「モヤ。ごはん抜きでどのぐらい我慢できる?」
「え。うーん…半日、とか?」
「育ち盛りだね。意外」
「だってシャム。ドライビングはハードワークだよ」
「確かに」
モヤはわたしに訊いてきた
「シャムは?」
「九日間」
「えっ」
「飲まず食わずで九日間」
「なにそれ」
わたしは過去世で阿闍梨だった
しかもその時わたしは男だったわけじゃない
女だった
女のまま、深夜の比叡山を駆けた
深夜の山を1000日間駆ける回峰行のその道程は失敗した時に自決するための懐刀を携帯するほどの困難さで、なのに満了のためにはそれをしなくてはならない
九日間、飲まず食わず
そして、横になることができない
眠ることも、横たえて体を休めることもならない
「飲まず・食わず・寝ず・横たわらず、の文字通り不眠不休で不動明王の真言を称え続けるの」
のうまくさんばんだー・ばーざらだん・せんだ・まーかろしゃーだー・そわたやうんたらたーかんまん
「そしてわたしはその九日間の最後の日に、死んだ」
「え」
「死因は餓死だったのか、脱水症状だったのか、眠らないことによる精神の破綻だったのか、今となっては意識が消えていったその時のことは思い出せない。でもね、モヤ」
「は、はい」
モヤが敬語で答え始めた
「わたしはその時の阿闍梨の過去世をそのまま小説に書いた。貧しい書生として内田百閒さんの学友だった世で」
「えっ!シャムって、内田百閒の同級生?」
「うん」
「ということは…東大!?」
「ううん。わたしは専科大学の学生だった。路面電車の駅近くの、鬼子母神のあたりで下宿してね」
「その小説って売れたの?」
「さあ?確か賞に応募したような記憶があるけどどうだったかな」
女人禁制で不動明王のおわす不動堂から遥拝したとは
まるでわたしのこれまでの輪廻転生の繰り返しを暗示してたみたいだね
「その小説のタイトルって覚えてる?」
「『生粋走女』。あ」
わたしは阿闍梨が1000日回峰行によってお不動さまと一体になるというその修行の趣旨を思い起こし、唐突にモヤにこうつぶやいた、ほとんど自動的に
「英語のタイトルだよ」
「え」
ゆっくりとモヤに告げる
「Born Runner Female」
ご本尊は薬師如来さまで創建の頃は女人禁制で、女性は不動堂から遥拝したらしい
不動堂
「モヤ。ごはん抜きでどのぐらい我慢できる?」
「え。うーん…半日、とか?」
「育ち盛りだね。意外」
「だってシャム。ドライビングはハードワークだよ」
「確かに」
モヤはわたしに訊いてきた
「シャムは?」
「九日間」
「えっ」
「飲まず食わずで九日間」
「なにそれ」
わたしは過去世で阿闍梨だった
しかもその時わたしは男だったわけじゃない
女だった
女のまま、深夜の比叡山を駆けた
深夜の山を1000日間駆ける回峰行のその道程は失敗した時に自決するための懐刀を携帯するほどの困難さで、なのに満了のためにはそれをしなくてはならない
九日間、飲まず食わず
そして、横になることができない
眠ることも、横たえて体を休めることもならない
「飲まず・食わず・寝ず・横たわらず、の文字通り不眠不休で不動明王の真言を称え続けるの」
のうまくさんばんだー・ばーざらだん・せんだ・まーかろしゃーだー・そわたやうんたらたーかんまん
「そしてわたしはその九日間の最後の日に、死んだ」
「え」
「死因は餓死だったのか、脱水症状だったのか、眠らないことによる精神の破綻だったのか、今となっては意識が消えていったその時のことは思い出せない。でもね、モヤ」
「は、はい」
モヤが敬語で答え始めた
「わたしはその時の阿闍梨の過去世をそのまま小説に書いた。貧しい書生として内田百閒さんの学友だった世で」
「えっ!シャムって、内田百閒の同級生?」
「うん」
「ということは…東大!?」
「ううん。わたしは専科大学の学生だった。路面電車の駅近くの、鬼子母神のあたりで下宿してね」
「その小説って売れたの?」
「さあ?確か賞に応募したような記憶があるけどどうだったかな」
女人禁制で不動明王のおわす不動堂から遥拝したとは
まるでわたしのこれまでの輪廻転生の繰り返しを暗示してたみたいだね
「その小説のタイトルって覚えてる?」
「『生粋走女』。あ」
わたしは阿闍梨が1000日回峰行によってお不動さまと一体になるというその修行の趣旨を思い起こし、唐突にモヤにこうつぶやいた、ほとんど自動的に
「英語のタイトルだよ」
「え」
ゆっくりとモヤに告げる
「Born Runner Female」