第142話 うにゃぎ

文字数 1,033文字

 モヤのギャランで愛媛県に入った

「シャム。愛媛の印象は?」
「うなぎの産地」

 敢えてみかんと言わないところがわたしなりのこだわりだったんだけれども

 モヤのスイッチが入ってしまった

「そうだよね!ごちそうといえばうなぎだよね!『天然うなぎ』ってシャムの故郷でも有名なの!?」


 まだとまらない

「二重でなくてもいいから熱々のご飯の上に香ばしいうなぎと甘辛いタレとが乗っかってさ、もう楽しいぐらいにいい匂いが漂ってお漬物は必須だよね!そして肝吸い!シャム早く食べたいね!」
「贅沢できないから。ごめんね」

 鎮火したようだ

「サンマの蒲焼きの缶詰を載せたので気分だけでも」
「モヤ。サンマも今や希少価値アリで高かったりして」

 わたしのほかの愛媛の印象は道後温泉
 文豪夏目漱石さんの『坊ちゃん』の舞台だ

「天ぷらそばを食べて学生にからかわれるシーンがあったよね」
「シャム。あれをもって愛媛の学生の性根と思わないでね」
「うんうん」

 モヤとわたしは今日はこういう人畜無害の会話に徹する

 SNSでこんな書き込みを観たものだから

『正義感をひとに押し付けるひとは、人生に冗談や遊びが必要でないと思っているのでしょうか?』

 わたしの結論はこうだ

「正義をわざわざ声に出してなど言いたくないのはわたしの方なんだけどな」

 正義は語るものでなくて行うものなんだけどな

 古の武士と呼ばれるひとたちがその典型で、悪に染まる余地や時間を削り尽くすために語る時間すら惜しんで黙って正義をなしてた

 それは公の場で正義を語る前に、家庭で正義が語られ叩き込まれていたから

 特に、武士の母親から

 愚母は将来国を背負う若武者に軟弱と卑怯を教え

 賢母は若武者に朗らかな聖賢豪傑の精神を教える

 ようく観てごらんよ

 今の家庭は冗談だらけになってない?

 誰か朝起きて神棚にお神酒やお茶をお供えしてる?

 仏壇に炊き立てのご飯をお供えしてる?

 そもそも神棚ある?

 仏壇ある?

 キッチンのそのテーブルに座ってるのは、せいぜいで親子兄弟だけじゃない?

 祖父母は、居る?

 談笑も、本来いるはずの年寄りの家族抜きの笑い声ならそれは遊びや冗談の楽しさでなくって

 煩わしいものを逃れていられることの安堵

 後世を頼む面倒ごとを後へ後へと棚上げしているからこそ今空虚な笑いをケラケラと繰り返されるだけの話じゃない?

「シャム。何か難しいこと考えてるね?」
「ううん。ぜんぜん」

 全然難しくない、至極まっとうな当たり前の話

 全部冗談であって欲しいのはわたしの方だ
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