第97話 確率の問題だろうね

文字数 733文字

 若くして凄腕先達ドライバーのモヤと、完璧なまでにチューンされたギャランという大船のごときマシンによって快適なお遍路としての道程を重ねるわたし。

 けれども車中でのモヤとの会話は、一瞬たりとも弛緩を許されない時間だった。

「シャム。知ってる?極楽に往けるのは村にひとり郡にひとりだってさ」
「うん。なんとなくは」
「ねえシャム。その当落線上の基準ってなに?」
「わたしごときに分かるわけない」

 極楽寺という名前をわたしやモヤはすんなり受け入れられるけれども、世のひとたちには無理なことかもしれない。

 百歩譲って極楽だとか天国だとか、ひとによっては悟り済ましたように無の静寂があるのみだとかなんとか言って納得しようとしてるけど、極楽がある以上カップリングされる地獄もある。

 あるんだよ。

「シャム。わたしは死ぬのが怖いよ」
「どうして?」
「だって、極楽参りができるのは村にひとり、郡にひとりなんだよ?死んで地獄に堕ちる確率ってどんだけなの?出来うることならば地獄に堕ちる日を少しでも先延ばしにしたいよ」
「モヤは堕ちないよ」
「シャム、さっき言ったよね?『わたしごときに分からない』って。ねえ、シャム」

 苦しい
 辛い
 
 わたしにはやっぱりほんとうにわからないんだ

 でも、だからこそなんじゃないの?

 だからこそ、さっきのひとたちも、こうして四国に来たんじゃないの?

「どうすればいいかわからないけど、せめて死ぬまでの間だけでも堕ちないような生き方をしよう」
「は」

 モヤに鼻で笑われたのかと思った。
 でもモヤはそんな子じゃなかった。

「ほんとだね」

 直線コースだったので、左手を少しの間だけハンドルから離して膝の上に置いてたわたしの右手に、指先で触れた。

 そうしてもう一度言った。

「ほんとだね」
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