第69話 頭が回らなくて太腿がモジモジする時どうすればいい?
文字数 1,950文字
遂に仕事に支障をきたし始めた。
源田 さんはただひたすらわたしの身を案じる。
「捨無 さん。行ける?」
「すみ・・・ません・・・・ちょっと時間をください」
今日も不幸な結末を迎えたひとか不幸な結末を迎えそうになっているひとかのところに行かないといけないんだけど、朝事務所の机に座って所長と源田さんと3人で来週のスケジュールを踏まえて今日の行き先を決める時、わたしは苦悶した。
「ごめんなさい。来週はおろか、明日のことを考えると苦しくて苦しくて仕方ないんです」
自分でも分かってる。
元来わたしは感覚的に時間軸を捉え、動きながら後付けで理由や原因を確認していくタチだ。ただ当然ながら仕事である以上アポイントメントを取るに足る情報やスケジュールの設定はできていた。
でも、もう無理だ。
一秒先のことすら計算できない。
「少し横になってていいよ」
所長もそう言ってくださって物理的に頭が痛く重く頸椎がぐんと下がってきていることを止められず、応接スペースのソファで横にならせてもらった。
仰向けで、膝を立てて、そうして眼を閉じてみるけど陽光がまぶたを透過して入ってくるのと、それからなんだかまぶたの辺りがとても心細い。
「シャムさん」
あ
源田さんがわたしのまぶたを、そっと手のひらでくるむようにしてくれた。
「ああ・・・・・・」
「シャムさん。頑張ったね」
「う・・・・いいえ、わたしはひとつも努力できてないです」
「なんでそんなこと言うの?」
「だって、『努力は必ず報われる』って世を挙げて言ってます」
「シャムさんは頑張った。頑張って頑張って頑張った。シャムさん、わたしならこういう風に言い換えるわ」
源田さんの顔は見えないけど、今までに聞いたことのないような細くてオクターブの高い声だった。
「わたしはね、『努力を必ず認めよう』って言うわ」
そのあと、源田さんは詩を読むように数行の言葉を述べてくれた
いじめにあった子たちの辛酸を必ず認めよう
災害で死した人たちの哀しみを必ず認めよう
爆弾で街を焼かれたひとたちの苦しみを必ず認めよう
もしも認めないひとがいるのなら、『慈悲の世界で暮らしましょう』と説いて回りましょう
「う・・・・く・・・・」
源田さんの言葉に泣けて泣けて
少しだけ仕事ができるかもしれないと思って一旦起き上がって机にもう一度座ってみる。
でも・・・やっぱりダメだ。
焦燥する。
ただでさえ計算できない頭が視覚を脳に伝えることすら拒否してるようで。
それとほんとうに苦しいことには。
太腿のまわりが、焦って焦ってどうにもならないぐらいにモジモジして
誤魔化そうとタンタンタンタンってふくらはぎから下を忙しく動かしてみるけど全然ダメで
「源田さん・・・・苦しいです」
「シャムさん。ドライブしましょうか?」
源田さんは所長に今日入っているすべての仕事のキャンセルを申し出た。
待っているひとの大半は切羽詰まっているだろうが源田さんはそれでも主張した。
「シャムさんが大事です」
申し訳ない気持ちはあるけれどもそれすら思う余裕が無いくらいにわたしの脳は明後日の方向にブーストしていた。
営業車の運転席に源田さんは座って、エアコンをとても低い温度に設定して、そうしてわたしに助手席のシートを倒して座るように言った。
「でも」
「いいのよ」
そうして源田さんは営業車のスタートをまるで気付かないようにして柔らかにけれどもメリハリのついたアクセルワークをしてくれた。
ブレーキングもなんのストレスも無く。
音楽もジムノペディをリピートしてくれた。
「どこ行きたい?」
「丘の上・・・がいいです・・・」
「どこの丘?」
「丘の上にある学校の、その丘が・・・いい・・・です」
リクエスト通りに連れて行ってくださった。
その学校は丘の上に立っていて、そこから海が見える。
海の砂浜の隣にはもうひとつの丘。
その丘には白い灯台が頂上に立っていて、丘までの道は木々や植物の緑にくるまれている。
しばらくは海と灯台とを車のフロントグラスから観ていた。
「アイスでも食べない?」
源田さんがわたしを学校の駐輪場の隣にあるベンダーに連れていってくれて、アイスのそれを指さした。
「どれ?」
「チョコミントを」
アイスのベンダーのボタンを源田さんはピンク色の指先でプッシュして、ガコ、って落ちたチョコミントバーをわたしにわたしてくれた。
源田さんはバニラを
そうして木陰のベンチまで移動して、ピッ、ってパッケージを開封して、唇で齧った。
「ここの海ってチョコミント色だね」
「それって、青いって意味ですか」
「ううん。チョコの色の方が勝ってる。ちょっと暗い色の海かな。でもほら」
源田さんは唇型に齧ったバニラの先でその海域を示した。
「あの、太陽の真下あたりは青いよね」
「
「すみ・・・ません・・・・ちょっと時間をください」
今日も不幸な結末を迎えたひとか不幸な結末を迎えそうになっているひとかのところに行かないといけないんだけど、朝事務所の机に座って所長と源田さんと3人で来週のスケジュールを踏まえて今日の行き先を決める時、わたしは苦悶した。
「ごめんなさい。来週はおろか、明日のことを考えると苦しくて苦しくて仕方ないんです」
自分でも分かってる。
元来わたしは感覚的に時間軸を捉え、動きながら後付けで理由や原因を確認していくタチだ。ただ当然ながら仕事である以上アポイントメントを取るに足る情報やスケジュールの設定はできていた。
でも、もう無理だ。
一秒先のことすら計算できない。
「少し横になってていいよ」
所長もそう言ってくださって物理的に頭が痛く重く頸椎がぐんと下がってきていることを止められず、応接スペースのソファで横にならせてもらった。
仰向けで、膝を立てて、そうして眼を閉じてみるけど陽光がまぶたを透過して入ってくるのと、それからなんだかまぶたの辺りがとても心細い。
「シャムさん」
あ
源田さんがわたしのまぶたを、そっと手のひらでくるむようにしてくれた。
「ああ・・・・・・」
「シャムさん。頑張ったね」
「う・・・・いいえ、わたしはひとつも努力できてないです」
「なんでそんなこと言うの?」
「だって、『努力は必ず報われる』って世を挙げて言ってます」
「シャムさんは頑張った。頑張って頑張って頑張った。シャムさん、わたしならこういう風に言い換えるわ」
源田さんの顔は見えないけど、今までに聞いたことのないような細くてオクターブの高い声だった。
「わたしはね、『努力を必ず認めよう』って言うわ」
そのあと、源田さんは詩を読むように数行の言葉を述べてくれた
いじめにあった子たちの辛酸を必ず認めよう
災害で死した人たちの哀しみを必ず認めよう
爆弾で街を焼かれたひとたちの苦しみを必ず認めよう
もしも認めないひとがいるのなら、『慈悲の世界で暮らしましょう』と説いて回りましょう
「う・・・・く・・・・」
源田さんの言葉に泣けて泣けて
少しだけ仕事ができるかもしれないと思って一旦起き上がって机にもう一度座ってみる。
でも・・・やっぱりダメだ。
焦燥する。
ただでさえ計算できない頭が視覚を脳に伝えることすら拒否してるようで。
それとほんとうに苦しいことには。
太腿のまわりが、焦って焦ってどうにもならないぐらいにモジモジして
誤魔化そうとタンタンタンタンってふくらはぎから下を忙しく動かしてみるけど全然ダメで
「源田さん・・・・苦しいです」
「シャムさん。ドライブしましょうか?」
源田さんは所長に今日入っているすべての仕事のキャンセルを申し出た。
待っているひとの大半は切羽詰まっているだろうが源田さんはそれでも主張した。
「シャムさんが大事です」
申し訳ない気持ちはあるけれどもそれすら思う余裕が無いくらいにわたしの脳は明後日の方向にブーストしていた。
営業車の運転席に源田さんは座って、エアコンをとても低い温度に設定して、そうしてわたしに助手席のシートを倒して座るように言った。
「でも」
「いいのよ」
そうして源田さんは営業車のスタートをまるで気付かないようにして柔らかにけれどもメリハリのついたアクセルワークをしてくれた。
ブレーキングもなんのストレスも無く。
音楽もジムノペディをリピートしてくれた。
「どこ行きたい?」
「丘の上・・・がいいです・・・」
「どこの丘?」
「丘の上にある学校の、その丘が・・・いい・・・です」
リクエスト通りに連れて行ってくださった。
その学校は丘の上に立っていて、そこから海が見える。
海の砂浜の隣にはもうひとつの丘。
その丘には白い灯台が頂上に立っていて、丘までの道は木々や植物の緑にくるまれている。
しばらくは海と灯台とを車のフロントグラスから観ていた。
「アイスでも食べない?」
源田さんがわたしを学校の駐輪場の隣にあるベンダーに連れていってくれて、アイスのそれを指さした。
「どれ?」
「チョコミントを」
アイスのベンダーのボタンを源田さんはピンク色の指先でプッシュして、ガコ、って落ちたチョコミントバーをわたしにわたしてくれた。
源田さんはバニラを
そうして木陰のベンチまで移動して、ピッ、ってパッケージを開封して、唇で齧った。
「ここの海ってチョコミント色だね」
「それって、青いって意味ですか」
「ううん。チョコの色の方が勝ってる。ちょっと暗い色の海かな。でもほら」
源田さんは唇型に齧ったバニラの先でその海域を示した。
「あの、太陽の真下あたりは青いよね」