第253話 サイン会さ

文字数 1,491文字

 久しぶりにバンドメンバーが揃ったよ

「『最近ジャムってないなあ』最近ていつぐらいから?」
「二週間ぐらいかしらねえ」
「カンテンサン サンシュウカンデスヨ」
「あらチョウノちゃん そうだった?」

 意外と短いなと思ったらオンラインでみんなで練習してたみたい

 ゲンムめ コソコソ叩いてたんだね

「ミコちゃん 本屋さんだから変だって思ったでしょう?」
「はい どうしてバンドなのにCDショップとかじゃないのなかなって」

 カンテンさん チョウノちゃん ゲンムの三人が敬愛してやまないパンクバンド ‘スマイリン・マウス’ のヴォーカルのひとが小説を初出版してそのサイン会があるんだよね

 地元では大きな本屋さんなんだけどひとはまばらでその小説もサイン会のあるテーブルの上にほとんど売れないまんまで乗っかってるよ

「ねえゲンム ほんとうにそんなに有名なバンドなの?『ミコ!なんてこと言うんだ!有名かどうかが判断基準ならカーネル・サンダースが最高のパンク・ロッカーってことになるじゃないか!』」

 ゲンムはなにを言ってるんだろう

 とにかくこのままだとわたしたちしか集まらないんじゃないかと思ってたら開始時刻30秒前からぽそぽそとひとがやって来だした

「あ わたしたちが先ですよ」

 テーブルの先頭に割り込んで来た前髪で目の隠れたTシャツもデニムも破れ放題のおにいさんが紙片をかざす

「『あ!すみません!昨日の夜から並んで整理券持ってらしたんですね!スンマセン!』って ゲンム 昨日の夜から?『ミコ!無礼にも程があるだろう!そこまで気合いを入れるファンの鑑だぞこのひとは!』」

 なんだかいつものゲンムとちがうよ まあきっとそれほどまでにスマイリン・マウスが偉大なバンドなんだろうね

 なんていうんだろうこういうのを

「ああ カルト だね『ばっかやろーっ!!』」

 まるでひとり芝居みたいにしてわたしがゲンムの手話の翻訳をそのまんまの気迫でやってる隙にね ほかにも整理券を持ってたひとたちがカサコソとやってきてそれこそGってコードネームで呼ばれる虫みたいに悪手じゃない 握手もカサコソすませて去っていったよ

 あまりにもふかかいだからね わたしのサインの番になったらヴォーカルのひとに訊いてみたんだ

「他のメンバーはどうしたんですか?『ミコ!そんなのミヤビさん(ミヤビっていうのか)のソロ出版だからに決まってるだろ!不必要にゾロゾロ徒党を組むようなひとたちじゃないんだよ!』ええ? バンドを徒党って言ったら身も蓋もないよ『ミコ!口を慎めえ!』」
「いやいや ミコさん? の疑問のとおりでね ひとりじゃ心細いから一緒に来てくれってみんなに頼んだんだけどね 全員バイトのシフトが調整つかなくてね」

 バイト

「スマイリン・マウスさんは音楽一本で生活してるわけじゃ?『ミコ!!』」
「まあ無理だね 僕なんかコンビニパンの袋詰め工場の夜勤とSDG'Sのバッジを組み立てる内職の他に歩いたらお金がもらえるバイトの掛け持ちしてるからね」

???

「ああ 歩いたらお金がもらえるってのは万歩計アプリのモニターのバイトでね どの程度の可動や振動で歩数にカウントされるかってのをこうやってセンサーとか着けて24時間計測してるのさ ほら 深夜も工場で夜勤の作業してたらその動きを‘歩いた’のと間違ってカウントしたりっていうのがどの程度の頻度で発生するかっていうね まあ…日々戦いだねバンドってやつは」

 カンテンさんもチョウノちゃんも沈黙が答えなんだろう

 ゲンムもそうだろう

「『・・・・・・・・・・』わかりました ミヤビさんのエッセイ 絶対売れますよ!」
「どうもね」
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