第112羽 鳥っていいよね

文字数 2,177文字

 第十九番札所 橋池山 摩尼院 立江寺

「…ということで行基菩薩さまの前に白鷺が飛んできてここに伽藍を築きなさいという暗示があったんだよ」
「モヤ」
「なに?」
「わたし、アオサギならよく観てた」
「へえ。どこで?」
「一級河川の橋の上から」

 拳〜顔面大の河原石が無数に並んでる中洲をね、わたしは大橋の中腹から真下に少し上半身を覗かせて、そうして見下ろしてた。

 石の表面積の少ない部分に頭頂部から落ちたら即死できるかな、って。

 反対に『バランスを崩し』て足から落ちたら、骨折とか内臓への損傷で苦しんだまま生きるのかな、とか。

 こんなことは普通は言えない

 けれどもどうしてかモヤには言ってしまいたくなる

 言っちゃおうか

「モヤ」
「なに?シャム」
「…なんでもない」
「なんでもなくないでしょ?」
「なんで?」
「だってわかるよ。わたしは先達ドライバーでしかも『捨て子』だよ?」
「うん」
「分からいでか」

 わたしがうつ病になって橋の上でどういう精神状態でいたのかを詳細に白状した。

 でも、モヤは特に驚かなかった。

 それはけれども無反応ってことじゃなくて。

 スルーするってことじゃなくて。

「シャム、かわいそう」

 そう言ってくれたんだ。

「で?シャム。そのアオサギ観てどうだったの?」
「うん。アオサギと立場が入れ替わったら病気とか関係なくなるのかな、とか」
「ふうん」
「アオサギに自我とかあるのかな、とか」
「あるでしょ」
「そうなのかな」
「シャムともあろう子が。アオサギに自我はあるよ。大アリだよ。むしろアオサギにこそ自我があるよ」
「そこまで?」
「シャム。その川って神社の近くにあったんでしょ?」
「そうだよ。神社の社殿の裏側にあったんだ」
「そこを住まいにしてるってことがアオサギの意思でしょ?」
「ええ?」

 モヤの言い方によると、鳥獣だけじゃなくって虫に至るまで、神社の境内に住まいたいって思うらしい。

「だからわたしが中学の時とかね、学校へ行く途中でクモが制服に、ぴとっ、てくっついてたらお寺や神社の木にそうっと乗せてから学校へ行ったよ」
「なんだか意外」
「シャム。わたし意外と感傷的なんだよ。だからさ、スズメバチがさ」
「スズメバチ?」
「そう。スズメバチが社殿の前でうつ伏せるみたいにして死んでたのを見たらね、ああ、蜂の寿命の終わりにこうして神前に進み出たんだな、って」
「ああ…」

 わたしもそういう感覚を思い出したよ。
 
 やっぱり鳥も獣も全部全部済度されることを望んでるのかも

「あっ。モヤ!」

 わたしが声を上げるまでもなかったよ。
 
 その声が聴こえたから

「ケン!ケン!」

 声と同時に横切った。

「キジ!」
「ところでシャム。なんでこんなキレイな姿なのに人間に生まれてこなかったんだろうね?」
「それは…」

 まだ小娘だった頃ならばわたしには仮説があった。

 人間に生まれてないってことはそれだけ業が深くて劣っているのだと。

 ずうっと…何十年か何百年間わたしはそう思ってた。

「シャム?」
「あ…ああ、ごめんね」
「どうしたの?」
「モヤ。もしわたしがキジだったら、人間なのに綺麗だって思ってくれる?」
「キジの生態の進化具合によるかな」
「進化?進化じゃ何も変わらないよ」
「シャム。それホンキで言ってる?」
「もちろん。ねえモヤ。キジってなんで走ってるか分かる?」
「え?うーん。走った方が速いから?」
「ちがうよ」
「じゃあ、ダイエット?」
「飛ぶ方が筋肉とエネルギー使うでしょう。残念!」
「じゃあ、飛ぶのが面倒くさいから?」
「くっ!」

 わたしは笑い出した

「シャム。どうして笑うの?」
「だって、モヤがかわいい答えばっかり言うんだもん」

 このままだとモヤとわたしとで飛行機みたいななめらかさの編隊を組むアアオサギやそれからキジのことも、全部うやむやにして『綺麗だ』の一言で済ませてしまうようになるのがとても怖い。

 さっきも言ったけど、わたしはスズメバチが最後の力で社殿の前まで辿り着いてそれから死んだ姿を観たはずなんだよ。
 
 鳥にもそれを求めてる。

「キジがあんなに速く走るのは一刻も早く神前にたどり着くためでしょ」
「そう、かな?」

 アオサギが、わたしの街のその神社の境内上空を二羽縦列で旋回する。

 トンビが目に見えない高い木の上で、ヒョロロロ、って鳴いてるのも、お寺の早鐘が鳴り響いてるのと同じ感覚、描写するだけでも功徳があるだろう。

 つまり、こういうことだよね。

「全員、馳せ参じずにはいられないんだよ」
「シャムも?」

 どうしてかわたしは敷石の上で、デッキ・シューズを脱いで。

 ソックスも脱いで、素足になって。

 それで足指を、くん、ってわたしの体の方向へ反らした。

「どっちが想いが強いとかココロが綺麗とかそんなのどうでもよくって。その行基菩薩さまに暗示した白鷺のようにね。アオサギも、トンビも、スズメバチも、カラスも、猫も、虫も、花も、木も、草も。それどころか境内の石も石にむしてる苔も…」

 ふう

「全員ホンキ。全員真剣。清らかな地ならば素足で走ってやって来たいって思うそういうわたしの趣味でついつい至近距離で観入ってしまうっていうそういう存在。鳥も好き。虫も好き。花も木も好き。それどころかお寺や神社の境内に集まってくるもの全部好き」
「だからお遍路を?」
「えっ。そこまで深くはないけど」

 当然これは、わたしの照れ隠しなんだけど。
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