第130話 コインランドリー・デート

文字数 1,733文字

 モヤは激しい恋愛をしてるし淡白とは言いながらわたしも過去世の中ではそれなりの経験もあるのでふたりの意見が一致するのは誠に運命的だよね

「コインランドリー」
「うんコインランドリー。あ、うんこインランドリーじゃないからね」
「なに言ってるの」

 もっともまったりできるデートの場所はどこかという意見が一致したんだよね、モヤとわたしで

 ところで『うんこインランドリー』って言ったのはわたしじゃないからね

「シャム。わたしのコインランドリー・デートには切実な意味があるのはわかるよね」
「わからない」
「証拠隠滅」
「あ、そうか」

 モヤいわく、『そういうこと』をした後で彼が奥さんを待たせてある自宅に帰るまでにあらゆる衣服を洗濯するのだという
 スーツさえも

「どうすんの?」
「シャムがコインランドリー・デートしてたのは過去世だよね?時系列的な過去だとしたらまだ今どきのコインランドリーじゃなかったんだよね」
「?」
「いまのランドリーは布団もシューズもスーツも当然にいけるから」

 洗剤もわざわざ購入したり持参したりしなくてもランドリー専用の優れた洗剤が既に機械にセットされてて自動的に注入され、洗濯料金込み込みなのだと。しかも大型の毛布や布団だけでなく、スーツもやさしい洗い方ができ、乾燥はドラム式のぐるぐる回転するやつじゃなくて、ハンガーに吊るして乾燥させることのできるボックスがありシワや形崩れも最小限に抑えられるのだと

 いったいわたしは何の描写をしてるのだ

「だからわたしの匂い…じゃないね。『わたしたちの匂い』は完全に消せる。でもね」

 モヤは当たり前のことに気づけなかったことを相手は気づいているのに敢えて知らぬふりをされたときのようなあの気詰まりな気配を漂わせてた

「奥さん、洗剤フェチなんだ」
「いまなんて」
「…洗剤、フェチ」

 わたしが想像するそれは洗剤のよい香りを偏愛するというぐらいの意味にとらえたのだけれどもまったく違っていて

「彼の下着を洗濯するとき、自分好みに洗剤をブレンドしてたの」
「いまなんて」
「…彼女が一番フェロモンを感じられて、彼と『そういうこと』をする時に一番萌えるような匂いのブレンドにして、彼の下着だけ単独で洗濯してたの」
「あ、そうなんだ」

 それ以上なんと言えばいいのかまったくわからなかったから、モヤの話はそこで終了した

 一応恋バナっぽくなったので今度はわたしの話をした

「アパートに風呂が無かった過去世にね」
「それは時代として風呂付きの物件が無い神田川あたりの世代だったってこと?それともシャムと彼がとても貧しかったってこと?」
「貧しかったってこと」

 淡々と彼との淡白な恋愛状態のように話してあげた

「銭湯に入ってる間に横にある小屋みたいな造りのコインランドリーに洗濯もの入れて粉末の箱買いしてた洗剤をシャカシャカふりかけて、ごうんごうんて洗濯機が周り出すのを見届けてからそれぞれ男湯と女湯に別れて入ってね。上がった方からコインランドリーに備え付けの漫画本を読んで相手を待ってるの」
「漫画本?たとえば?ワニピークとか?自滅のヤバい刃とか?」
「大友克洋の『気分はもう戦争』とか。『さよならにっぽん』とか」
「うわあ」
「あとは岩明均の『風子のいる店』とか『骨の音』とか」
「うわあ…わたしそのマンガ知らないけど語感で内容がわかってしまうような」

 ところで肝心の彼とわたしの恋愛形態は、さっきも書いたけどひたすら淡白で

 『そういうこと』も一応はしてたんだけど、どう言えばいいのかな

 あ、そうだ、指圧でもするような
 あー乳酸溜まってるー、っていうような体の部位をきゅきゅきゅと押してあの、ぐゆーん、ていう感じのある意味『快感』をふたりで互いにし合うような
 ぎゅっ、ってして、っていうわたしの声も、別にそういうエロティックな響きを持たせるわけじゃなくて、思いっきり抱き締めあった方が乳酸が溜まったり凝ったりしたところを圧迫して痛気持ちいいような、そういう

 そういう快感

 わたしはいったいなんの描写をしてるんだろう

「シャム」
「なに」
「わたし、シャムとコインランドリー・デートできてほんとよかった」
「そう」
「シャム。ほんとうにほんとうによかったんだよ」
「そう。ありがとう」
「いいえ」
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