第186話 ならぬかんにんの極地
文字数 3,269文字
まだ満足し切れない証拠にゼニンはいきなりカードを切ってきた
「たぶん隣国のキモいおっさんも課金したね」
「?課金?」
「モヤ 隣国のそのまた隣国にカネで解決したんだね 全国民にならぬかんにんさせて搾り出したおカネで」
なぜだかわからないけど
隣国のそのおじさんが課金して押したスイッチによってそのまた隣国の地下ハッチがゴンゴン開いた
「核を載せてる」
「えっ」
痛恨事だけれども 四国にもうトンビは一羽もいない
さっき全羽してこの国の人間だけでなく鳥獣虫草木花微生物鉱石に至るまでの『天寿』を護った
けれども現実は執拗に目の前にあり続ける
「さあさあ どうしたもんだこうしたもんだ ワタクシは別に日本人がどうなろうと知ったことではないのだ 日本の国柄やらこれまで何を為してきたかなど知ったことではないのだ だから星を売ることはさっきのあの狂ったトンビのせいで宇宙の塵と消え果てたが代わりに隣国にこの日本という国を売るのだ 売ってその対価をもらうのだ」
「対価って、なんだよ オマエもカネか?」
「モヤさぁん カネって言ったっていくらありゃいいんだい? 10億? 100億? 1000億? 1兆? はっ、こんな低い金利じゃ目減りする一方で来世まで遊んで暮らすこともできやしない だからカネじゃない 名誉でもない 言ったろう? ワタクシはワタクシの前に立つ奴全員を平伏させたいんだよ 神であろうと仏であろうと あのキモいおっさん教祖であろうと しかもそれをキンキンの目一杯でやったって思われたくないね 常に冷静で熱くもならずに論破し続けたいね というか論破すら面倒だからワタクシと議論しても無駄だっていう風に認識される存在になりたいね」
「でもそれじゃあ隣国のそいつには媚び諂ってんだろう?」
「モヤさん 舐めんなよ ワタクシだぞ? 隣国のそいつもキモいおっさんでしかねえよ ワタクシはカルトの教祖だろうと一国の元首だろうと独裁者だろうと釈迦だろうと神だろうと全員平伏させるんだよ 全員手玉に取るんだよ 全員納得させてあああの人ってほんとに頭のいいひとって思わせるんだよ だからシャムさん、あなたの『恩人』? なにほどのもんでもないよ」
「ゼニン」
「なんだいシャムさん」
「わたしは今から鳥になる」
「ええ?」
四国のトンビは絶え果てたけれども
青空に白い雲にそのシルエットが乱舞してた
「ツバメ!」
モヤが逆光のそのシルエットをまるで絵に描いたみたいに手で眩しさを遮りながら数え始めた
「一羽 二羽 三羽 四羽 五羽 六羽 七羽…シャム!なんでこんなにたくさん!」
「巣立ったばかりで、飛ぶのが嬉しくて遊んでるんだよ」
そうだよ
この子たちはまだ若鳥
ほんの少し前までヒナだった若鳥
その子たちがまるで元服して巣立って自由に飛べるカラダを神仏から授かったことで自らを祝福するように青空と白い雲とをバックに乱舞してる
ランデブーしてる
編隊ごっこをしてる
「ツバメは渡り鳥!」
わたしは声高らかに叫んだ
そうしてくるくると旋回する…それはトンビのような優雅で半径の大きな旋回ではなくてキビキビした遊戯のような旋回…をしている一羽の巣立ったばかりの若鳥に以心伝心で聴いた
『いくの?』
『うんいくよ』
『まだ若いのに?』
『だって誰もいけないんでしょ?』
『人間は護られるに値しないかもだよ』
『人間のためだけじゃないよ ボクらが食べる虫やその虫が食べる葉っぱやその葉っぱの養分を分解する微生物や微生物たちが住まう土壌やその土壌の根本である岩石や鉱石やその岩石鉱石がそもそも海底と繋がって存在している潮流や氷や水そのものや 遍く救うためにゆくんだよ』
『えらいのね』
『でもおねえさんもゆくつもりだね えらいね』
『でもわたしは飛べないわ』
『ボクに乗ればいい』
『どうやって』
『おねえさんは「恩人さん」の子どもでしょう?』
『どうしてそれを』
『顔がそっくり』
『遭ったことあるの!?』
『ボクだけじゃないよ 護国の戦士はみな遭ってる だって恩人さんは昭和天皇陛下さまが戦いに斃れたひとたちの魂を全員救おうとホンキで誓願なさったときにそのお手伝いをされた方だもの ボクの方こそおねえさんを載せたいな』
『おねがい わたしは是非にもいきたいの ううん いかなきゃならないの』
『でもボクらといっしょにいったらその核弾頭の放射能で汚染されるよ 他の国に核弾頭を搭載したミサイルが放たれる前に隣国で爆発させてしまわなきゃならないから死んじゃうよ? それに爆発させたら隣国の国民のひとたちは罪がないからその罪のないひとたちを殺してしまう業を来世までかつぐよ?』
『でもあなたもかつごうとしてる』
『おねえさんにはかなわないよ』
だから突然、別れを告げた
モヤに
「いくね」
「えっ」
「モヤ いままでありがとう 次生まれたら遭いにくるからね」
「えっえっ」
言った瞬間 わたしのカラダはたぶん毛虫になった
そうして毛虫になって そのツバメの子が生まれてはじめて自分で取って食べるエサとなって
嘴でついばまれて 嚥下された
「シャム!」
モヤは賢い子
わたしが人間の生としてどうなったか、すべての光景が観えたわけじゃないのに悟ったんだね
「シャムぅ!」
ゼニンが地団駄ふんでる
ほんとに、漫画みたいに、ダン!ダン!ダン!って地団駄ふんでる
「おんどれは!さとりすました顔で喰われやがって!おんどれごときが釈迦の真似事やったところでどうにもならんわ!このええかっこしいが!」
・・・・・・・黙らぬか・・・・・・・
わたしをお腹で消化し始めたツバメの子の飛翔するバックにある青空から声が聞こえた
厳かだけれど優しい声
・・・・・・・ゼニン 汝は負けたのだ・・・・・・
「うるせえ!ワタクシは誰にも負けねえ!テメエも何様だ!言っとくが仏であろうと屁でもねえぞ!ホンモノの仏だったからって何だってんだ!ワタクシが一番偉いんだ!」
・・・・・・・愚かな子 憐れな子 せめてもの花むけに わたしがそなたを天に召そう・・・・・・
「あっ!」
ゼニンが最後の最後で人間らしい感情のこもったその声を出したけどそれはつまり断末魔となったのだろうか
モヤが見上げるその空に一点星の光が白昼なのに現れて ゼニンがディスポーザーにすりこまれるサンマの骨のようにビシュウと吸収され完全に消え去った
わたしを腹に収めたツバメの子は仲間たちとともに編隊を組んだ
ベトナムまで飛ぶことを思えば、隣国は近いものらしい わたしは喰われた我が身の肉の苦しみさえ喜びにかわるような心地がしてツバメの子の元服と初陣にして最後の戦いに向かう処女航海を祝ってあげたい
日本海は美しい
冬は鉛色になるって言うけれども、その鉛自体表現のしようがないぐらいに微妙で描写が極めて困難な色だから総じて鉛と言っているだけであって暗いだけのわけでも醜いわけでもなく、醜い子が実は美しいというのと同義のバランス美をたたえるのだ
快晴のいま
日本海は四国全土の巣立ったばかりのツバメの編隊と
途中で合流した各地の遊軍たるツバメたちとが飛行する影が海面に黒々と、本体のツバメのシルエットよりも更にま黒に映えている
隣国の国民のひとたちよ
わたしの国の神仏は
あなたさまがたを決して捨てない
なんとかしてあなたたちの魂を、捨てずに遍く救うだろう
護国にたおれたひとたちの魂を慰める神社をつくるわたしの国の慈悲ある神さま仏さまだもの
核よ
核弾頭よ
あなたも元は鉱石
この神仏が創りし同じく大事な子らのひとり
まさか我欲の人間どもの我執によって
生類ごろしの兵器にされるとは思いもよらなかったろう
大丈夫
わたしの恩人が あなたと神さま仏さまとの間をとりもってくれるから
だからいっしょに
ゆっくりおやすみ
・・・・・・・・・・
「シャムぅ!」
シャムが喰われたツバメの子の編隊が日本海の向こうに光速を超えるスピードで消えていったあと
閃光と
まるで入道雲みたいな大きな雲が隣国の大地からモクモク青空にのぼっていったよ
「たぶん隣国のキモいおっさんも課金したね」
「?課金?」
「モヤ 隣国のそのまた隣国にカネで解決したんだね 全国民にならぬかんにんさせて搾り出したおカネで」
なぜだかわからないけど
隣国のそのおじさんが課金して押したスイッチによってそのまた隣国の地下ハッチがゴンゴン開いた
「核を載せてる」
「えっ」
痛恨事だけれども 四国にもうトンビは一羽もいない
さっき全羽してこの国の人間だけでなく鳥獣虫草木花微生物鉱石に至るまでの『天寿』を護った
けれども現実は執拗に目の前にあり続ける
「さあさあ どうしたもんだこうしたもんだ ワタクシは別に日本人がどうなろうと知ったことではないのだ 日本の国柄やらこれまで何を為してきたかなど知ったことではないのだ だから星を売ることはさっきのあの狂ったトンビのせいで宇宙の塵と消え果てたが代わりに隣国にこの日本という国を売るのだ 売ってその対価をもらうのだ」
「対価って、なんだよ オマエもカネか?」
「モヤさぁん カネって言ったっていくらありゃいいんだい? 10億? 100億? 1000億? 1兆? はっ、こんな低い金利じゃ目減りする一方で来世まで遊んで暮らすこともできやしない だからカネじゃない 名誉でもない 言ったろう? ワタクシはワタクシの前に立つ奴全員を平伏させたいんだよ 神であろうと仏であろうと あのキモいおっさん教祖であろうと しかもそれをキンキンの目一杯でやったって思われたくないね 常に冷静で熱くもならずに論破し続けたいね というか論破すら面倒だからワタクシと議論しても無駄だっていう風に認識される存在になりたいね」
「でもそれじゃあ隣国のそいつには媚び諂ってんだろう?」
「モヤさん 舐めんなよ ワタクシだぞ? 隣国のそいつもキモいおっさんでしかねえよ ワタクシはカルトの教祖だろうと一国の元首だろうと独裁者だろうと釈迦だろうと神だろうと全員平伏させるんだよ 全員手玉に取るんだよ 全員納得させてあああの人ってほんとに頭のいいひとって思わせるんだよ だからシャムさん、あなたの『恩人』? なにほどのもんでもないよ」
「ゼニン」
「なんだいシャムさん」
「わたしは今から鳥になる」
「ええ?」
四国のトンビは絶え果てたけれども
青空に白い雲にそのシルエットが乱舞してた
「ツバメ!」
モヤが逆光のそのシルエットをまるで絵に描いたみたいに手で眩しさを遮りながら数え始めた
「一羽 二羽 三羽 四羽 五羽 六羽 七羽…シャム!なんでこんなにたくさん!」
「巣立ったばかりで、飛ぶのが嬉しくて遊んでるんだよ」
そうだよ
この子たちはまだ若鳥
ほんの少し前までヒナだった若鳥
その子たちがまるで元服して巣立って自由に飛べるカラダを神仏から授かったことで自らを祝福するように青空と白い雲とをバックに乱舞してる
ランデブーしてる
編隊ごっこをしてる
「ツバメは渡り鳥!」
わたしは声高らかに叫んだ
そうしてくるくると旋回する…それはトンビのような優雅で半径の大きな旋回ではなくてキビキビした遊戯のような旋回…をしている一羽の巣立ったばかりの若鳥に以心伝心で聴いた
『いくの?』
『うんいくよ』
『まだ若いのに?』
『だって誰もいけないんでしょ?』
『人間は護られるに値しないかもだよ』
『人間のためだけじゃないよ ボクらが食べる虫やその虫が食べる葉っぱやその葉っぱの養分を分解する微生物や微生物たちが住まう土壌やその土壌の根本である岩石や鉱石やその岩石鉱石がそもそも海底と繋がって存在している潮流や氷や水そのものや 遍く救うためにゆくんだよ』
『えらいのね』
『でもおねえさんもゆくつもりだね えらいね』
『でもわたしは飛べないわ』
『ボクに乗ればいい』
『どうやって』
『おねえさんは「恩人さん」の子どもでしょう?』
『どうしてそれを』
『顔がそっくり』
『遭ったことあるの!?』
『ボクだけじゃないよ 護国の戦士はみな遭ってる だって恩人さんは昭和天皇陛下さまが戦いに斃れたひとたちの魂を全員救おうとホンキで誓願なさったときにそのお手伝いをされた方だもの ボクの方こそおねえさんを載せたいな』
『おねがい わたしは是非にもいきたいの ううん いかなきゃならないの』
『でもボクらといっしょにいったらその核弾頭の放射能で汚染されるよ 他の国に核弾頭を搭載したミサイルが放たれる前に隣国で爆発させてしまわなきゃならないから死んじゃうよ? それに爆発させたら隣国の国民のひとたちは罪がないからその罪のないひとたちを殺してしまう業を来世までかつぐよ?』
『でもあなたもかつごうとしてる』
『おねえさんにはかなわないよ』
だから突然、別れを告げた
モヤに
「いくね」
「えっ」
「モヤ いままでありがとう 次生まれたら遭いにくるからね」
「えっえっ」
言った瞬間 わたしのカラダはたぶん毛虫になった
そうして毛虫になって そのツバメの子が生まれてはじめて自分で取って食べるエサとなって
嘴でついばまれて 嚥下された
「シャム!」
モヤは賢い子
わたしが人間の生としてどうなったか、すべての光景が観えたわけじゃないのに悟ったんだね
「シャムぅ!」
ゼニンが地団駄ふんでる
ほんとに、漫画みたいに、ダン!ダン!ダン!って地団駄ふんでる
「おんどれは!さとりすました顔で喰われやがって!おんどれごときが釈迦の真似事やったところでどうにもならんわ!このええかっこしいが!」
・・・・・・・黙らぬか・・・・・・・
わたしをお腹で消化し始めたツバメの子の飛翔するバックにある青空から声が聞こえた
厳かだけれど優しい声
・・・・・・・ゼニン 汝は負けたのだ・・・・・・
「うるせえ!ワタクシは誰にも負けねえ!テメエも何様だ!言っとくが仏であろうと屁でもねえぞ!ホンモノの仏だったからって何だってんだ!ワタクシが一番偉いんだ!」
・・・・・・・愚かな子 憐れな子 せめてもの花むけに わたしがそなたを天に召そう・・・・・・
「あっ!」
ゼニンが最後の最後で人間らしい感情のこもったその声を出したけどそれはつまり断末魔となったのだろうか
モヤが見上げるその空に一点星の光が白昼なのに現れて ゼニンがディスポーザーにすりこまれるサンマの骨のようにビシュウと吸収され完全に消え去った
わたしを腹に収めたツバメの子は仲間たちとともに編隊を組んだ
ベトナムまで飛ぶことを思えば、隣国は近いものらしい わたしは喰われた我が身の肉の苦しみさえ喜びにかわるような心地がしてツバメの子の元服と初陣にして最後の戦いに向かう処女航海を祝ってあげたい
日本海は美しい
冬は鉛色になるって言うけれども、その鉛自体表現のしようがないぐらいに微妙で描写が極めて困難な色だから総じて鉛と言っているだけであって暗いだけのわけでも醜いわけでもなく、醜い子が実は美しいというのと同義のバランス美をたたえるのだ
快晴のいま
日本海は四国全土の巣立ったばかりのツバメの編隊と
途中で合流した各地の遊軍たるツバメたちとが飛行する影が海面に黒々と、本体のツバメのシルエットよりも更にま黒に映えている
隣国の国民のひとたちよ
わたしの国の神仏は
あなたさまがたを決して捨てない
なんとかしてあなたたちの魂を、捨てずに遍く救うだろう
護国にたおれたひとたちの魂を慰める神社をつくるわたしの国の慈悲ある神さま仏さまだもの
核よ
核弾頭よ
あなたも元は鉱石
この神仏が創りし同じく大事な子らのひとり
まさか我欲の人間どもの我執によって
生類ごろしの兵器にされるとは思いもよらなかったろう
大丈夫
わたしの恩人が あなたと神さま仏さまとの間をとりもってくれるから
だからいっしょに
ゆっくりおやすみ
・・・・・・・・・・
「シャムぅ!」
シャムが喰われたツバメの子の編隊が日本海の向こうに光速を超えるスピードで消えていったあと
閃光と
まるで入道雲みたいな大きな雲が隣国の大地からモクモク青空にのぼっていったよ