第143話 蝶と蛾と

文字数 919文字

 愛媛県
 
 伊予国

 第四十番札所 平城山 薬師院 観自在寺

 境内に八体の石の仏さまがおわして

 訪れる人々のそれぞれの干支を代表なさる

「阿弥陀如来さまは戌年、大日如来さまは申年か」

 申年から、観ない・言わない・聴かないのおサルさん三人娘を思い出す
 わたしが、ふふ、とココロ潤いそうになった時、モヤが言った

「シャム。わたし、不満だよ」
「?」
「だって、虫がいない」
「ん?」
「干支に、虫がいない」

 なるほど

「モヤ。わたしはスズメバチに特段の感情を覚えるけど、モヤは?」
「蛾」
「ガ」
「それから、蝶」
「チョウ」

 わたしの過去世における画像を脳内でスクロールしてみる

 おっ

 やっぱり…

「モヤ。あなたやっぱりすごいわ。弘法できる」

 わたしはふたりして腰を下ろしていた境内の石段から立ち上がってね

 羽根をヒラヒラする真似をした

「蛾だ」
「正解!」

 モヤはさすがすばらしい

 わたしは蝶ではなく、蛾の羽の付き方、それから羽ばたき方をね、手を腰より後ろのほうにまっすぐ伸ばして手首を返さない動きでパタタタタ、ってやってみせて表現した

「わたし過去世で蛾だったから。ていうよりもモヤ、モヤなら知ってるよね」
「うん。もちろん」

 蛾は、亡くなったひとたちの魂なのだと

「だからあんなにきれいなんだよね、シャム」
「うん。鱗粉がキラキラしてさ」
「うん」
「触覚も常時震えてるみたいに形がよくて」
「わかってるね」
「羽も、触感がビロードのようで」

 モヤの顔がうっとりしてきた

「とても、いじらしい」

 モヤがわたしの肩を、その身長にいわせて屈強な男が無理矢理に肩甲骨ごと抱きつぶすような感じで抱擁してきた

「シャム。やっぱりシャムはわたしの理想どおりだよ。ホンモノの蛾だったことまであるなんて」
「モヤ、いいの?」
「え」
「わたしが蝶だった過去世のこと訊かなくて」
「いいのいいの。蛾だったことがあるならそれでじゅうぶん」

 ほっとした

 だってわたし、蝶だったこともあるのよ

 光沢のない完全な黒色の大きな四枚羽でね

 エメラルドの模様なんかもまとっちゃって

 それでね、お不動さまのおわす滝壺のほとりまでね

 羽ばたかずにグライダーみたいにして降りていく様子をさ

 男のひとに観られたことだってあるんだから
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