第151話 天岩戸やってみる?

文字数 2,420文字

 ほとんど暴行の現行犯なんだろうと思う

 A・B・Cの大学院生たちの肩を掴んでわしわしと脳が揺れるほどに揺さぶったんだから

 ただ、運がいいいことにというか不幸中の幸いというか、モールの店員さんの通報を受けて現場に自転車でやってきたのはモールのあるアーケードに面した交番のふたりの警官だった

 そして、シナリがどうしても同行すると言った

「証言します。シャムさんは正当防衛です」
「正当防衛って…被害者のお三方は何か手を出したわけじゃないんでしょう?」
「口が手ほどに暴力的であれば手を出したのと同じだと思います」
「ふう…お三方から状況をお話しいただけますか?」

 シナリはわたしの行為を正当防衛と言ってくれた

 けれども若い男性警官はシナリへの質問をさっと切り上げて大学院生の3人に訊く

「突然その女性が激昂して肩を掴んできました」

 3人が3人とも同じように答えた

 齟齬をきたさないようにするためだろう

 さすが学術の徒

 モヤが口を開く

「侮辱罪です」
「侮辱罪?このお三方が?」
「そうです」
「誰を侮辱したというんですか?」
「シャムと、それから、弘法大師さまを」

 目を閉じていちばん奥の席で聴いていた中年の男性警官が薄目を開けた

 モヤは滑らかに喋り続ける

「わたしは先達ドライバーです。弘法大師さまのご足跡を敬い護り奉る職責があります。そうして、わたしの顧客であり真摯に遍路を同行ふたりで歩むこのシャムに対しても道中の無事をとことんまで保証する義務があります。この大学院の研究者の方々はことごとくそれを侵しました」
「けれども法には抵触しない」
「法?」

 シナリがただの高校生でないことがこの答弁ではっきりした

「法律とは人間が勝手に作り出したものです。その法律に抵触しないと巡査さんはおっしゃるんですか?」
「そのとおりです」
「では、仏法に対しては?」
「人には思想信教の自由があります」
「巡査さんのおうちにはお仏壇は?」
「…あります」
「神棚は?」
「それもあります。なんなんだキミは」
「巡査さん。巡査さんは四国の人間ですよね?わたし以上にほんとうのことをお分かりですよね?」
「職務とそれとは別のことです、お嬢さん」

 若い巡査に一瞬だけ苦悶の翳りが観えた

 3人は巡査の心情が揺れ動く前に攻勢に出る

「ここは法治国家ですよ。きちんと全員がコンセンサスを持つルールで世の中が動いている。事実を認めなさいよ。『わたしが間違っていました』って」
「C衣さん」

 モヤがC衣に右手を上げたところでわたしはその手を瞬時に押さえた

「なにするんですか!?」

 若い巡査はモヤがなにをしようとしていたのかという気配を察知していたのでわたしが手を押さえようとも未遂となったその行為を注意した

 モヤの根っこにあるものをわたしは観た

「お前ら全員クソかよ!おまわりさんよ!アンタらだってどっちが悪いかわかってるんだろ!?確かに相手の体を力任せにゆさぶるのは犯罪なのかもしれないけど間違っていることをなんの後ろめたさもなく正しいと言いやがる奴らのそれは犯罪じゃねえのかよ!?」
「ほらこんなふうにすぐ激昂するんですこのひとたちは」
「おい!B平!テメエの学問なんぞ児戯でしかねえんだぞ!それからC衣!テメエ言うに事欠いて『月は人類のもの』だと!?ふざけんな!」
「つ、月が人類のものでなくてなんだっていうの?月の開発は今後の資源エネルギー政策の最重要課題だから抜け駆けをして実効支配をしようとする国を牽制するのがただしいことでしょう?まさしく倫理よ」
「お前ら、口を蓋で覆ってないからって好き勝手なこと言いやがってえ…」

 仕方ないな

「天岩戸、やってみましょうか」

 一瞬、交番の中が静寂になった

「え?なに?」
「天岩戸やってみましょうか」

 全員その言葉を知らないわけがない

 けれどもそれを動詞として発言するわたしに対して向けられている眼は、この気狂いめ、というそういう眼だよね

 気狂いか

 わたしにいわせればあんたらの方が気狂いだけどね

「あ、あんたがやるの?」
「ううん。わたしができるわけないじゃない。ただ、どう考えてもあなたたち3人は逆賊だから、成敗しないと」

 難しいことじゃない

 明らかに誤ったことを通そうとする人間が出てきて、それを学会やら偏狭な井の中でやってる分にはお目こぼししておけばいいけど、自分達自身が神であるかのごとく好き勝手な妄言・虚仮のふるまいをするのなら捨ておけぬ

 わたしが、ではなくて神仏が

「ほら。はじまった」

 わたしは指示した

「あなたたちの大学のある街の気象情報を観てみなさい」


 その場に居る全員がスマホをタップする
 
「あ!」

 シナリは明後日大学がどの街にあるかは四国の人間ではあるけれどもきちんと把握していて、スマホの天気アプリの設定を大学の街がある市に設定したところ

「雲☁️マークも、雷⚡️マークもないのに…太陽のマークがない…」

 大学院の3人はSNSをチェックする
 画像や動画つきでいくつものコメントがうねるように
流れていた

『太陽消えた!」
『皆既日食!?』
『でもこの近辺の上空だけみたいだ!』

 現に四国には温かなお日さまが人間も花も虫も草木も鳥もスズメバチも蜘蛛も遍く平等に照らしている

 3人の大学の上空だけがなんの報いか太陽の光を

 太陽のその姿そのものを、失った

「や、やめて!」
「ああん?」

 わたしは巻き舌になってC衣に答えた

「やめて、と嘆願するということは、これを天岩戸と認めるの?」
「う、う、う」
「あなたたちの言っている『宇宙倫理学』が、天岩戸よりもはるかに脆弱な、幼児用プールの浅瀬でちゃわちゃわしているだけのような滑稽な虚仮の無知蒙昧だと認めるの?」
「ぐ、偶然だ!」
「なにが」
「た、太陽が…消えた…ことが…」
「偶然って、何の何に対しての?」
「…」
「ごめんね。わたしも止め方なんて知らないんだよ」

 ヒントを与えた

「ひたすら謝り果てるしかないんじゃない?『わたしらが悪うございました』と



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