第252話 ねこのみみにねんぶつ

文字数 1,898文字

 たまにはひとりもいいもんだね

 最近は幼稚園に行ってる時以外はほとんどずっとゲンムと一緒だったからお風呂まで一緒に入ってたからひとりはいいもんだいいもんだ

 まあ ゲンムのお母さんに頼まれて近所のスーパーにお遣いに来てるだけだけどね

 もうひとつゲンムのお母さんに用事をたのまれたんだよね

「ミコちゃん スーパーでね 日本酒の小瓶を一本買って氏神さまにお供えしてきてほしいの」
「でもおかあさん 今はお遣いでも子供にはお酒を売ってくれないんじゃないの?」
「だいじょうぶよ ミコちゃんが買いに行くことを店長さんに連絡しておくから」

 なるほど

 それにスーパーって言ってもほとんど八百屋さんに毛が生えた程度の規模だから大丈夫なのかもね もう完全に顔見知りだしね

「こんにちは 店長さん」
「あ ミコちゃん こんにちは お買い物ご苦労さま」
「あの 店長さん」
「はい」
「オススメのお酒ってありますか?」
「あら さすがミコちゃん しっかりしてるわね…ええと これなんかどう?」

 大吟醸『猫の耳に念仏』

「??? あの 店長さん どうして『ねこのみみにねんぶつ』なんですか?」
「書いてあるとおりよぉ…蔵元のオーナーで杜氏さんがね 猫が大好きなひとだから」

 やっぱり変だよね
 お酒の名前を動物の名前にするとしてもクマとか白蛇とか鷹とか神さまの遣いっぽいのにするんじゃないかなあ

 ほら大体このことわざって『馬の耳に念仏』だよね?

 なんでまたわざわざ『猫の耳に念仏』なんてもじった名前にするんだろう

 でもわたしは店長さんが案内してくれたお酒売り場でなっとくしたよ

「わ・かわいい!」
「でしょぉー」

 『猫の耳に念仏』の小瓶に貼られたラベルがね 雪が降っている中 お地蔵さまが猫の前に立って手を合わせてね なむなむなむなむ…ってお参りしてるイラストなんだよ

 それでね そのイラストも くらもと のオーナーで杜氏さんが描いたんだって

 オーナーは一切躊躇することなく売上もまったく気にすることなく『猫の耳に念仏』って商品名にしてね

「だけどねえ 困ったことがあってね…」
「なんですか?」
「マタタビ酒だろうって勘違いしたお客さんが注文してくるのよ」
「?マタタビ?どうして困るんですか?」
「猫に飲ませるのよ」
「お酒を?」
「マタタビってね、猫にとって麻薬みたいなものなのよ。猫を喜ばせようと思ってそのお酒を買うんだけどマタタビなんか入っていない普通のお酒だからお酒の匂いを嫌がって猫は口もつけないからお客さんが怒っちゃってねえ」

 そうなんだ

 マタタビこわいね

 でもね わたしはね それよりもこわいものをしってるよ

 チュ○ル

 もうすこしでねむりそうな子猫がチュ○ルを口元にくっつけられたらそれにむさぼりついてちゅるちゅる吸う動画

 こわいよ

 ゲンムがそれみてこう言ったよ

『やっぱり畜生だな』

 わたしは猫はとてもクールで人間に踊らされたりしないって思ってたからなんだかげんめつしたよ

「じゃあ 氏神さまにうちの商売繁盛もお参りしてきてね」

って店長さんに送り出されて氏神さまの鳥居をくぐるとね

 いた

「あー ひさしぶりだね」
「にぅ」

 この猫はね いつも一声そうあいさつしたきりでとても静かなトラ猫

 ずっと前観た時はお腹が大きかったときもあったからメスなのかな

 それとも太っただけだったのかな

「しっかりものだねえ」

 なんでわたしがそう言うかっていうとね 氏神さまに頭を下げてる…ように観えるからだよ

 え ねこが って思うかもしれないけどね 神妙な顔で くん と首をうなだれるからきっとそうだとおもうんだよね

 だからね これもご縁だとおもったからね

 わたしはシャムの過去世ごと受け継いだ 歌 を歌った

 ねこに

「南無阿弥陀仏とゆうことは まことのこころとよめるなり まことのこころとよむうえは ぼんぶのめい心にあらず まったく仏心なり」

 こうべを たれてる

 水が高いところから低いところに流れるのを受けるようにして

 わたしはしってる

 スズメバチが命尽きるその前に社殿までたどりついて氏神さまの神前で臨終を迎えることを

 わたしはしってる

 手水舎のひしゃくの中でかんぷうをしのいで それを観た参拝にきたひとがその虫の命を見逃してあげることを

 わたしはしってる

 鳥たちが境内にヤマボウシの実やサンシュユの実を ぽとり と落としていくのは神さまに捧げているんだってことを

 
「にぅ」

 わかった って言ってるのかな

 わたしは猫を済度できたのかな

 きっとね

 輪廻の上にあぐらをかいてる人間よりも 次はよりよき生にとおもってる草木や虫や鳥獣のほうがね

 切実に 真剣に 輪廻を生きてる
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み