第57話 ホンモノの神さまならば多分捨てないんだ

文字数 1,528文字

 わたしは時々不安になるんだよね

 捨てない、ってことをわたしの最深部の属性としてるつもりだけど、その実わたし自身が捨てられたらどうしよう、ってね

 土曜日

 今日はこの『業界』の面々が集まっての勉強会だったんだよね
 わたしの仕事と職場周辺のことを『業界』なんて呼べるかどうかは置いといて

「では・・・・・捨無(シャム)さん。ご意見を」
「はい」

 わたしはわたしの縋っていた生前遭えなかった恩人の言葉を口腔の中で繰り返しながら言ってみたもんさ

「摂取不捨が根本だと思います。わたしごときに出来ているかどうかは疑問ですけれども」
「ふむう。シャムさんはこれまで何人の人を救えましたか?」
「救う?」
「え。そこで疑問符つきますか?」
「あの・・・・・・・・救う、ってわたしごとき・・・・人間ごときには絶対できないと思うんです。恩人か、あるいは恩人が多分そうだったようにホンモノかしか救えないと思うんです」
「いいですね、シャムさん。『ホンモノ』って言い方。極めてカルト宗教色が強いですよ」
「あの・・・・・・・宗教ではないと思います」
「宗教じゃない?じゃあ、信仰とでもいう言い方をしますか」
「それも違うと思います。信仰っていうことは信じるって意味ですよね?」
「信じることが最上ではないんですか?」
「じゃあ信じられない人は救われないってことになってしまいます」
「信じようとしない人間をどうやって救うんですか?」
「それでも救う・・・・・いいえ、救ってくださると思うんです。ホンモノならば」
「どういう意味ですか?シャムさん!?」
「(声を荒げないで)条件付きでたとえば努力してる人間は救う、信じる人間は救う、敬意を払う人間は救う、強い人間は救う、っていうのはホンモノじゃないと思います。わたしの生前遭えなかった恩人は、信じようが信じまいが全員救う、っていう本願を持っていました」
「本願、ってアナタ、それじゃあまるで・・・・・」
「本当にそうだったかどうかなどわたしごときには永遠に分からないことです。ただ、恩人は属性やら努力不努力やらそういう枝葉のことで救ったり救わなかったりということじゃなかったはずなんです。とにかく全員遍く救う、信じようが信じまいが、嫌がろうが自ら望もうが、そういうことは問題じゃないんです」
「シャムさん」
「はい」
「同業の中には自分自身が『神』になりたい人間もいます」
「そうでしょうね」
「そういう人間は救うべき人間を競争させます」
「競争?」
「そうです。一般的な頭脳的身体的競争だけじゃありません。ココロの綺麗さも競争させるんです。競争によって選抜されるという恐怖やら自己実現欲求やらを植え付けることによってそれに基づいてこの人間は救ってこの人間は捨てて、っていうことの決定を自分が持っていると思わせることが自分への畏怖の絶対的な要素になるからです」
「わたしは」
「はい」
「わたしは競争を煽ることは性分じゃないです。ココロに偏差値をつけるようなことも恩人の本意から離れます」
「あなたの恩人っていうのはそんなに偉いんですか」
「偉いんんじゃないんです。むしろ『愚かなわたしが筆を染め』って歌うほど、謙遜されていました。偉いんじゃなくて尊いんです」
「ふうん。なら好きになさればどうですか?」

 会の場でこういう四面楚歌になりかけた時救いの船を出してくださったのが、わたしの絶対上司である源田(ゲンダ)さんだったよ。

「皆さん」
「あ、げ、源田さん」

 みんな声を顰めた
 そして囁き合った

『げ、源田さんが自らお話しになられるのは5年ぶりじゃないか?』
『と、とにかく、同業の中でも『神』に最も近い人間と言われる源田さんのお言葉だ。沈黙して聴こう』

 源田さんの言葉はたったひとこと

「シャムさんの恩人はホンモノです」
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