第84話 猿カニ合戦の主人公って猿?カニ?柿?
文字数 3,278文字
イベントって大切だよ。別にひとりでもいいからさ、一日の内に何かひとつはイベントを。
なんでもいいんだよ。
たとえば朝、通学とか通勤の途中にさ、アスファルトの隙間にひとりぼっちで咲いてる小さい花を写真に撮るのもいいしさ、それから車を停めてある月極の駐車場の途中で神社に参拝するのでもいいしさ。
もちろんひとりよりふたりならなおいい。
ふたりよりさんにんならそれもいい。
要は一緒にいたくない人とやりたくもないイベントをやるんじゃなくてさ、一緒にいて楽しい子となんだかおもしろそうだってことをやるのがいいんでさ。
だからひとりぼっちでも自分が自分と一緒に居るのが苦にならなくてひとりで好きなことをやるのが楽しいならそれでOKだしふたりで軽口言いながらくだらないことを、ははっ、て笑いながらやるような友だちがいるのならそれでもOKだし。
決して誰かをハブいたりしないさんにん組とかよにん組ならもう言うことなしだし。
それでね、キミがもし小・中・高校生だったらさ、クラスの中をよく観てごらん。
主流派っぽいひとでも必ずぽつんとしてる瞬間があるから。
ハブかれてる瞬間があるから。
そんな時こそ声をかけるのさ。
『一緒にどう?』
ってさ。
「柿の収穫?」
「うんそう。ほら、これはやっぱり外せないでしょう」
「なんのことだよ」
「おサルさん三人娘を」
観点 さんに対してはおサルさん呼ばわりをとても申し訳なく思うけど言夢 に対してはわたしのココロになんの呵責もない。超乃 ちゃんのおサルさんならかわいいし。
「そっか。確かに観ざる・言わざる・聴かざる、のおサルさん三人娘だね」
「カンテンさん、すみません。決してふざけてるわけでは…」
「でも、面白おかしいイベントにしたかったんだよね?シャムちゃん?」
「は、はい…」
い、意外だった。
カンテンさん、結構な圧迫感で攻め立てる。
「シャムサン。カワラニハタケガアルオバアチャンノイエノカキノキナンデスカ?」
「うんそう。ほら、今年は熊が里山から下りて来て民家の食べ物を漁るなんて事件が少なかったじゃない?去年なんかは食べ物を探す熊を呼び寄せないためにまだ青いうちから摘み取っちゃってたけどさ、今年はそのまま熟しちゃったんだって」
わたしとチョウノちゃんが話したのは大家さんの友だちで、河川敷の土地を借りて畑を作ってるあのおばあちゃんだ。
そのおばあちゃんが一人暮らししてる一軒家の庭にある柿がね、もう柿の実なり放題でさ。
さっそくおサルさん三人娘とわたしはおばあちゃんの家に向かった。
観ざる・言わざる・聴かざるの三人が猿ならば、当然わたしの立ち位置は決まってくる。
「カニさん」
「は、はい」
こわい。
カンテンさんやっぱり内心わたしにサル呼ばわりされたことを怒ってるんだろうか。
「チョウノちゃんよ、猿カニ合戦って知ってるかい?」
「スミマセン、ゲンムサン。シリマセン」
今どきはそうなんだ。
ということでゲンムがチョウノちゃんに猿カニ合戦のあらすじを言ってる。
「カニの植えた柿の木に実がいっぱいなって木登りの得意な猿はその繊細な味覚でもってデリシャスなスイーツ三昧をしました。更に頭のよい猿はごちゃごちゃと文句を言うカニにカニは甲殻類で体が硬いので多分好きだろうと判断して極めて硬質そうな青い実を選んで放ってやりました。運動神経の悪いカニはそれを受け損なって死んでしまいました。逆恨みしたカニの子供たちは猿=哺乳類とカニ=甲殻類とのやりとりに臼やら蜂やら栗やらどう見ても分類状関係のなさそうな生物どころか生物以外のモノまで巻き込んで聡明な猿をなぶり殺してしまったのです。ああ、カニは悪いやつだ!おしまい」
「?????」
カニさんであるわたしはおサルさんたちに号令した。
「今からこの柿の木の実を全部収穫します」
「でも、シャムちゃん。この柿の実、ものすごく上にばっかりなってるわね」
「えっ!カ、カンテンさん、どうしてわかるんですか!?」
「だって、実と枝の付け根あたりの葉の音がそういう距離感だから」
す、すごい。
絶対音感どころの話じゃないよ。
内田百閒さんのお琴の先生だった宮城道雄検校レベルの音の達人だよね。
こんなものすごい才能あふれるカンテンさんにはお願いできないけど、ゲンムにならなんでも言える。
「だからゲンム。ここはおサルさん代表として登って獲ってきてよ」
「シャム、柿なんて枝がものすごく折れやすいから絶対木登りしちゃダメだって子供の頃に教わっただろう?」
「デ、デモ、ゲンムサン、サッキノオハナシデハオサルサンガ」
「チョウノちゃん。シャムはカニでもわたしらはサルじゃないから」
おばあちゃんに何か道具はないか聞いたらね。
「高枝切りハサミがあるよ。夜中にテレビショッピングやっとって買ったのさ」
それはハサミだけでなく、ハンディタイプのノコギリの歯を先端に付け替えて切ることもできる優れものだ。
ただし、それにしても柿のなっている位置が高すぎる。
「ねえ、シャムちゃん。庭の隣のこの木のある側の横って坂道でしょう?」
「は、はい…」
多分車の通る音の反響の仕方でそう判断したんだろう。カンテンさんの神のような音感にはもう驚いていたら身がもたないからそのまま話を続けた。
「シャムちゃん。坂道の途中から高枝切りハサミを伸ばしたらどうかしら?」
「確かに…それしか方法がなさそうですね」
ただ、それにしてもほんの少しだけ長さが足りない。
だから坂道の途中の、法面になってる部分ギリギリにわたしが立って、そのわたしの体をゲンムが後ろから抱き抱えるようにして支えて作業することになった。
「ゲンム、しっかり押さえててよね!」
「・・・・・・・」
両手が塞がってて手話が使えないのでゲンムは無言になる。ふだんやかましいぐらいに手話が賑やかなゲンムが一転して無言の状態になるとわたしの不安感が否応にも増す。
「シャムちゃーん、いいわよー!」
「はーい!」
おばあちゃんに借りた毛布を、ぴん、と張って下でカンテンさんとチョウノちゃんがわたしが切った柿の実を受け止めてくれる。ふたりとも完全に顔を真上に向けて柿の落ちてくるタイミングをつかもうとしている。カンテンさんの場合は耳を上に向けて音を感じる、ってことだろうけど。
「よ・・・・う・・・・・とと・・・・」
わたしも手元が定まらない。とにかく最初の一個をやってみないことには作業が進まないので、これはと思った赤い実に狙いを定めた。
「やっ!」
けれども、手元がズレた。
「あ・・・」
予測してたのと少し離れた、石ほどまではなくても野球の硬球ぐらいの硬さはあるんじゃないかっていう青い実枝と実の間を、くりっ、と切ってしまった。
「チョウノちゃん!あぶない!」
叫んだのは観ざるのカンテンさんだった。
けれどもチョウノちゃんは予測せざる渋柿の落下に、まるで吊り橋の下の川面に脱げたサンダルが落ちていくような、あのどうすることもできない感覚の上下逆パターンで動けずにいた。
「そいやっ!」
「えっ!?」
その硬い柿がチョウノちゃんの頭を直撃する寸前で素手で受け止めたのはなんとおばあちゃんだった!
「ふむう。まだナマっとらんね」
「な、な、なんでそんなに速く動けるの!?」
「ほ・ほ・ほ。シャムちゃんよ。わたしは三回熊に遭遇して三回とも逃げおおせとるんよ。経験の差よ」
経験の差で済むような逸話だろうか、それが。
とにかくおばあちゃんの動物的カンを使わない手はないということで、ゲンムが押さえてわたしが切るその隣りで、右だ左だ上だ下だと声でコントロールしてもらった。
「ほ・ほ・ほ。大漁大漁。みんなたくさん持って帰っておくれ」
「でもまだこんなにありますよ。おばあちゃん、残りはどうするんですか?」
「そうだねえ。干し柿にするさね」
ゲンムが笑いながらわたしに囁いた。
『干し柿はばあちゃんだろうがよ』
「黙らっしゃい!」
すかさずおばあちゃんがゲンムに怒鳴りつける。
手話なんて分からないはずなのに。
もはや動物というより妖怪の域なんだろうと思う。
なんでもいいんだよ。
たとえば朝、通学とか通勤の途中にさ、アスファルトの隙間にひとりぼっちで咲いてる小さい花を写真に撮るのもいいしさ、それから車を停めてある月極の駐車場の途中で神社に参拝するのでもいいしさ。
もちろんひとりよりふたりならなおいい。
ふたりよりさんにんならそれもいい。
要は一緒にいたくない人とやりたくもないイベントをやるんじゃなくてさ、一緒にいて楽しい子となんだかおもしろそうだってことをやるのがいいんでさ。
だからひとりぼっちでも自分が自分と一緒に居るのが苦にならなくてひとりで好きなことをやるのが楽しいならそれでOKだしふたりで軽口言いながらくだらないことを、ははっ、て笑いながらやるような友だちがいるのならそれでもOKだし。
決して誰かをハブいたりしないさんにん組とかよにん組ならもう言うことなしだし。
それでね、キミがもし小・中・高校生だったらさ、クラスの中をよく観てごらん。
主流派っぽいひとでも必ずぽつんとしてる瞬間があるから。
ハブかれてる瞬間があるから。
そんな時こそ声をかけるのさ。
『一緒にどう?』
ってさ。
「柿の収穫?」
「うんそう。ほら、これはやっぱり外せないでしょう」
「なんのことだよ」
「おサルさん三人娘を」
「そっか。確かに観ざる・言わざる・聴かざる、のおサルさん三人娘だね」
「カンテンさん、すみません。決してふざけてるわけでは…」
「でも、面白おかしいイベントにしたかったんだよね?シャムちゃん?」
「は、はい…」
い、意外だった。
カンテンさん、結構な圧迫感で攻め立てる。
「シャムサン。カワラニハタケガアルオバアチャンノイエノカキノキナンデスカ?」
「うんそう。ほら、今年は熊が里山から下りて来て民家の食べ物を漁るなんて事件が少なかったじゃない?去年なんかは食べ物を探す熊を呼び寄せないためにまだ青いうちから摘み取っちゃってたけどさ、今年はそのまま熟しちゃったんだって」
わたしとチョウノちゃんが話したのは大家さんの友だちで、河川敷の土地を借りて畑を作ってるあのおばあちゃんだ。
そのおばあちゃんが一人暮らししてる一軒家の庭にある柿がね、もう柿の実なり放題でさ。
さっそくおサルさん三人娘とわたしはおばあちゃんの家に向かった。
観ざる・言わざる・聴かざるの三人が猿ならば、当然わたしの立ち位置は決まってくる。
「カニさん」
「は、はい」
こわい。
カンテンさんやっぱり内心わたしにサル呼ばわりされたことを怒ってるんだろうか。
「チョウノちゃんよ、猿カニ合戦って知ってるかい?」
「スミマセン、ゲンムサン。シリマセン」
今どきはそうなんだ。
ということでゲンムがチョウノちゃんに猿カニ合戦のあらすじを言ってる。
「カニの植えた柿の木に実がいっぱいなって木登りの得意な猿はその繊細な味覚でもってデリシャスなスイーツ三昧をしました。更に頭のよい猿はごちゃごちゃと文句を言うカニにカニは甲殻類で体が硬いので多分好きだろうと判断して極めて硬質そうな青い実を選んで放ってやりました。運動神経の悪いカニはそれを受け損なって死んでしまいました。逆恨みしたカニの子供たちは猿=哺乳類とカニ=甲殻類とのやりとりに臼やら蜂やら栗やらどう見ても分類状関係のなさそうな生物どころか生物以外のモノまで巻き込んで聡明な猿をなぶり殺してしまったのです。ああ、カニは悪いやつだ!おしまい」
「?????」
カニさんであるわたしはおサルさんたちに号令した。
「今からこの柿の木の実を全部収穫します」
「でも、シャムちゃん。この柿の実、ものすごく上にばっかりなってるわね」
「えっ!カ、カンテンさん、どうしてわかるんですか!?」
「だって、実と枝の付け根あたりの葉の音がそういう距離感だから」
す、すごい。
絶対音感どころの話じゃないよ。
内田百閒さんのお琴の先生だった宮城道雄検校レベルの音の達人だよね。
こんなものすごい才能あふれるカンテンさんにはお願いできないけど、ゲンムにならなんでも言える。
「だからゲンム。ここはおサルさん代表として登って獲ってきてよ」
「シャム、柿なんて枝がものすごく折れやすいから絶対木登りしちゃダメだって子供の頃に教わっただろう?」
「デ、デモ、ゲンムサン、サッキノオハナシデハオサルサンガ」
「チョウノちゃん。シャムはカニでもわたしらはサルじゃないから」
おばあちゃんに何か道具はないか聞いたらね。
「高枝切りハサミがあるよ。夜中にテレビショッピングやっとって買ったのさ」
それはハサミだけでなく、ハンディタイプのノコギリの歯を先端に付け替えて切ることもできる優れものだ。
ただし、それにしても柿のなっている位置が高すぎる。
「ねえ、シャムちゃん。庭の隣のこの木のある側の横って坂道でしょう?」
「は、はい…」
多分車の通る音の反響の仕方でそう判断したんだろう。カンテンさんの神のような音感にはもう驚いていたら身がもたないからそのまま話を続けた。
「シャムちゃん。坂道の途中から高枝切りハサミを伸ばしたらどうかしら?」
「確かに…それしか方法がなさそうですね」
ただ、それにしてもほんの少しだけ長さが足りない。
だから坂道の途中の、法面になってる部分ギリギリにわたしが立って、そのわたしの体をゲンムが後ろから抱き抱えるようにして支えて作業することになった。
「ゲンム、しっかり押さえててよね!」
「・・・・・・・」
両手が塞がってて手話が使えないのでゲンムは無言になる。ふだんやかましいぐらいに手話が賑やかなゲンムが一転して無言の状態になるとわたしの不安感が否応にも増す。
「シャムちゃーん、いいわよー!」
「はーい!」
おばあちゃんに借りた毛布を、ぴん、と張って下でカンテンさんとチョウノちゃんがわたしが切った柿の実を受け止めてくれる。ふたりとも完全に顔を真上に向けて柿の落ちてくるタイミングをつかもうとしている。カンテンさんの場合は耳を上に向けて音を感じる、ってことだろうけど。
「よ・・・・う・・・・・とと・・・・」
わたしも手元が定まらない。とにかく最初の一個をやってみないことには作業が進まないので、これはと思った赤い実に狙いを定めた。
「やっ!」
けれども、手元がズレた。
「あ・・・」
予測してたのと少し離れた、石ほどまではなくても野球の硬球ぐらいの硬さはあるんじゃないかっていう青い実枝と実の間を、くりっ、と切ってしまった。
「チョウノちゃん!あぶない!」
叫んだのは観ざるのカンテンさんだった。
けれどもチョウノちゃんは予測せざる渋柿の落下に、まるで吊り橋の下の川面に脱げたサンダルが落ちていくような、あのどうすることもできない感覚の上下逆パターンで動けずにいた。
「そいやっ!」
「えっ!?」
その硬い柿がチョウノちゃんの頭を直撃する寸前で素手で受け止めたのはなんとおばあちゃんだった!
「ふむう。まだナマっとらんね」
「な、な、なんでそんなに速く動けるの!?」
「ほ・ほ・ほ。シャムちゃんよ。わたしは三回熊に遭遇して三回とも逃げおおせとるんよ。経験の差よ」
経験の差で済むような逸話だろうか、それが。
とにかくおばあちゃんの動物的カンを使わない手はないということで、ゲンムが押さえてわたしが切るその隣りで、右だ左だ上だ下だと声でコントロールしてもらった。
「ほ・ほ・ほ。大漁大漁。みんなたくさん持って帰っておくれ」
「でもまだこんなにありますよ。おばあちゃん、残りはどうするんですか?」
「そうだねえ。干し柿にするさね」
ゲンムが笑いながらわたしに囁いた。
『干し柿はばあちゃんだろうがよ』
「黙らっしゃい!」
すかさずおばあちゃんがゲンムに怒鳴りつける。
手話なんて分からないはずなのに。
もはや動物というより妖怪の域なんだろうと思う。