第180話 白馬と黒馬

文字数 1,474文字

 第七十番札所 七宝山 持宝院 本山寺

「ご本尊は馬頭観世音菩薩。馬を頭にいただく観音さまだよ」

 だからというわけじゃないけど

「モヤ わたしの地元の遥拝所のおわす神社にはね、白馬と黒馬の木彫りの等身大の像がまつられててね お正月の時にはね、ニンジンを山盛りにしてお供えするんだよ」
「わ。かわいい」

 モヤこそかわいいんだけど

「それでね 晴れ乞いは白馬に、雨乞いは黒馬に、ってやってたんだよね それなのにアイツは」
「ゼニン?」
「うん ゼニンは雨雲の近辺に撃ち込んで嫌な音のするミサイルを作ろうとした それが衆生を救う道だと」
「?合っていたの?」
「いいえ」

 ものすごく単純なことだ

「仮にそのミサイルを撃ち込んでその時は雨が降ったとするよ じゃあその次は?」
「不毛だね」
「撃ち込むごとに空においては次の次って、地上においてはまだやまぬか、と」

 アラートが鳴った

「え!?まさか!?」

 まさかというのはこういう時のための言葉なんだね
 モヤがそういう頭上には晴れた日に神社の上空を飛ぶジェットのような爽快感とは別個の複雑な感情を気づかせてくれた

 わたしとモヤが見上げる上空を、きわめてグロテスクな光がニ線、晴れた日の青い空にきれいなジェットの白い機体が浮かぶあの光景ではなくって、どす黒い、わたしはどす黒いっていう表現を初めて使うけれども、そういうステレオタイプの用語を使ってはっきりと明確にこの嫌な感情を伝えなくてはならないからね

 大陸間弾道弾

 瀬戸内海からわたしたちの頭上を超えて、四国の空を縦断してそうして太平洋の方へ黒点は飛んでいった

 飛行、なんて美しい言い方は絶対にしたくない

 ただ、どす黒い金属塊がぶん投げられるようにして空を動いていっただけ

 この国の美しい海の中でも特に濃く滑らかな海水をたたえる大海原たる太平洋にどうやら着水したらしい

 だぉおん

 っていう風に書いたら書ける音がして、その爆風で水柱が上がったのすら観えたような気がした

 わたしはきわめてココロが静かになっていってる

「モヤ アイツのせいだよ」
「うん」
「アイツのせいで、日本海を挟んだ隣国から、カルトがカルトを滅ぼさんと、日本海と瀬戸内海とそうして四国のまさか弘法大師さまが空海とお名乗りになられたその場所である室戸岬に、黒潮の美しい潮流による波じゃなくて、どす黒金属塊を落っことした波動でその聖なる場所に穢れた泥海水が浸水しているかもしれない」
「シャム 戦争が起きるの?」

 わたしはモヤに答えたよ

「戦争は『起きる』んじゃないよ 我欲の我利我利亡者が『起こす』もの そうして一度そいつらが起こしてしまった以上は始末をつけなくちゃいけなくなってしまうからかつての英霊たちは戦った 戦う兵士同士の間には実はなんの遺恨もない 現場の最前線の人間というのは、それが命の遣り取りをする相手同士でも常にならぬかんにんを互いにし合う 軍人さんたちは常に『損な方』を引き受け続ける 恨むべきは戦争を我欲の我利我利で起こした大馬鹿ものども クソ馬鹿者ども そうしてその根底には実はね」

 わたしはほんとうのことをいわなくてはならない

「邪(よこしま)で身勝手で狭量な『信念』とやらを振りかざす、自己実現だけが望みの、その実はカルトと同様のね」
「うん」
「インフルエンサー」

 そうしてもう二線、大陸間弾道弾のマシンとしてすら整備されていない噴出ノズルから黒煙が吐き出されながらただ空を移動するだけのような汚い物体が見えてきた

 今度は太平洋ではなく、聖なる佛域・神域たるこの四国の大地と山々に

 着弾しそうな弾道だった
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