第216話 汚れたカネは要らぬぞ

文字数 1,786文字

 わたしはこんぴらさんの石段を登った

 夢遊病者みたいにして

「『大丈夫か?』」
「うん ふらふらするけどなんとか」

 シャムから入ってくるまるで古事成語みたいな言葉がずっとわたしを眠れなくしてけれどもそれは眠気を誘うのみで決してつらいとかいやだとかそういう感情にはつながらなかった

 うつらとした瞬間にこそほんとうのことがわたしの脳と身体とココロにねじ込まれて

 モヤが言う

「八十八ヶ所じゃないけどこんぴらさんにお参りしたいってお客さんが結構いてね お年寄りで籠を雇って石段を昇った方がいいんじゃないかって歳のひとがやっぱりほとんどだからさ まあふもとで杖を借りたりしてわたしも隣でばったり倒れないように注意して付き添うんだけどさ」

 モヤの言葉にこそヒントがあって

 そこでわたしはシャムから流れてきた言葉とつながった

「これまでおぶってもらったり車に乗せてもらってたりした人も自分の足で あんよで 昇るのが肝要」
「『?』」

 わたしたちは3人とも10代の女子で ひいふうへばるような年齢じゃないはずだけれどもこの石段は長い長い

 できるだけ高台にお宮を建てようという神仏の思し召しだったのかもしれないけれどもこうして身体をへばらせて足に乳酸を溜めさせてそうして一歩一歩昇るところに意味がある

 ううん 意味を無くす って言った方が正確かも

「ふー 観て 海だよぉ」
「『うん』」

 女子3人背中にもそれからある人は谷間に 無い人は板に汗を文字通り滴らせて社殿のおわすお山の高い位置から瀬戸内海とその海と一体となって続いている青空とを見上げた

 参拝しようとお賽銭をあげる段になってゲンムが言った

「『何お願いしようと思ってたか忘れちまった』うんそれでいいの」
「ふうん そうだね ほんとにそうだ」

 ゲンムとわたしの会話にモヤが にこ と微笑む

 3人してお賽銭をあげてココロにした感情を言語化するとしたならば

 ありがとう

だと思うよ


 境内で木の横椅子に腰掛けて冷たいお茶をくぽんくぽんと喉を上下させて飲んでいるときわたしのしみじみしたココロをふたりに伝えた

「神仏の理(ことわり)は厳しいよ もちろん慈悲で人だけじゃなく草木虫鳥獣にいたるまで救おうとなさってくださるからとてもお優しいのだけど まこと のことを実践しなくてはみんなかわいそうなことになってしまうから‘ほんとうのこと’をズバリとおっしゃるの」
「ミコもシャムに言われたのか」
「うん たとえば仏様にお菓子をお供えするとするよね」
「うん」
「シャムの恩人はね ‘その菓子箱 ボウボウ火を吹いてるから要りませぬ’ って受け取らないんだんって」
「お菓子が火を吹く?」
「そう『比喩か?』ううんゲンム比喩じゃない もののたとえなんかじゃない ほんとうに火を吹いてる」

 わたしは偈にしてふたりにのたもうた


 汚れたカネなど邪魔になる
 
 ワイロワイロと身勝手な

 狂った願いを持ち寄るな

 そのカネ汗水垂らしたか

 慈悲のココロで得たカネか

 賭け事なんぞで得ようなら

 あぶく銭とて消し果たせ

 ロンダリングのためならば

 慈善事業もなんになる

 そもそも普段の仕事から

 慈悲のココロでなさないか

 ラクして儲けたカネならば

 依怙の守護霊お似合いぞ

 依枯の守護霊カネ受けて

 よっしゃよっしゃと満足げ

 そなたはそれでもほんとうの

 道を歩んでなさるのか

 はやくココロを入れ替えて

 まことのココロとなられぬか

 ボウボウ火を吹く供物なぞ

 我が家に延焼させる気か

 更にあわれなともがらは

 まるで自分が神気取り

 ワイロのカネを賽銭と

 取り違えにもはなはだし

 身の程知らぬ守銭奴が

 威張った老体見苦しぞ

 はやく過ち認めぬか

 半鐘鳴りて止まぬのぞ

 そなたをほんとに救うには

 カネなど持って来る前に

 なすべきことをなせばよい

 カネでカネをもうけるな

 汗水垂らして地に立ちて

 大地の恵みを思わぬか

 天地の恵みを思わぬか

 慈悲で仕事をなさないか

 ワイロはものの順番を

 我が身のみに都合よく

 割り込むための方便ぞ

 そなたまさかこのわれに

 ホンキでそれを見せるのか

 まことのココロのその神を

 愚弄するのもはなはだし

 さっさとそのカネ持ち帰り

 なんじの仕事をはやくせよ

 そなたにゃ動く手も足も

 まだ残されておるだろが

 いちじもへんじも片時も

 急ぎて後世を願わぬか

 慈悲の世界で暮らさぬか

 なさけの中で送らぬか
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