第150話 宇宙倫理学断固阻止

文字数 1,773文字

「負けを認めたらいかがですか?」

 次のお寺へ向かう道中に立ち寄ったショッピングモールのイートインで、ものすごくよい姿勢で座る大学生ぐらいの男子ふたり女子ひとりがやっぱり若い高校生ぐらいに見える女子を取り囲むような形で座って冷静ぽいけれどもキーの高い声で詰め寄っている

 異様に感じたよ

 大学生ぐらいの子たちの人相が

 だからわたしの前にモヤが加勢に入った

「何があったかはわからないけど3対1じゃキツいでしょ。わたしも座っていい?」

 相手の3人が無言でいたのでわたしも大股で歩いてモヤに続いた

「わたしもいい?」

 大学生ではなく大学院生だというA斗(エイト)、B平(ビーヘイ)、C衣(シーイ)

 高校2年生の女子は志成(シナリ)

 ああ、大学院生3人は区別が面倒なんでA、B、Cに名前の二文字目をくっつけただけだから

 A斗が言った

「僕らは明後日大学大学院で僕は天文学、B平は経営学、C衣は哲学を専攻しています。今3人で『宇宙倫理学』の新説を立ち上げて連携した研究を進めていて、来月『ネッチャー』誌に発表する予定です」
「へえ…アサッテ大学って言ったら確かノーヘル賞30人、国民そこそこエーヨ賞10人、ピューッ!リッチや賞2・3人受賞した天才大学だね」

 モヤが学術の徒を忌み嫌うのはよくわかったけど

「シナリさんは地元の高校生?」
「はい。A・B・Cさんが遠い地からお遍路に来られたと聴いて同席したのも何かの縁。お接待させていただこうとしたら…」
「論破された?何を?」
「弘法大師さまをです」

 なるほど

「ねえ。3人はなんでお遍路に?」

 モヤが訊くと意外な答えがC衣から返って来た

「わたしたちこそが空海の意志を継ぐ者だから」
「え?」

 モヤの顔色が変わった

「ごめん。どういう意味?」
「そのままの意味。モヤさん?でしたっけ?空海はいわば生前スーパースターだったわけじゃないですか?」
「…続けて」
「生まれながらにしてものすごい英才で国家試験にも抜群の成績だったにもかかわらず位の余り高くない貴族の生まれだったから仏教の道を選んだわけでしょう」
「…うん、はい。続けて」

 モヤの心中いかほどかだけどまだ抑えれるレベルらしい

「そして遣唐使として唐へわたりものすごい短期間で密教をマスターし、日本に帰れば数々の事業を成し遂げた。科学でもってね。その結果政権からも重用された」
「…」
「そして最後は自分自身を神格化するために即身成仏して比類なき存在となった。彼は『科学者』として最高の存在。だからわたしたちも今論文を世界に向けて発表するにあたり、彼の後継であることを宣言する旅なのよ、このお遍路は」
「最初わたしもかんにんしました」

 シナリが控えめな容姿からは思っていなかったような毅然とした声を出した
 そして続けた

「ああ、さまざまな学問、思想を持って、それでも世のために研究をなさっているんだと理解しようとしました。けれどもどうしてもかんにんできなかったんです」
「あなた、観念しなさいよ」

 C衣はまだシナリを服従させようとしているのでモヤはとうとうモールの吹き抜けの天上窓のちょうど真上に観えていた月を指してC衣に言った

「お月さまを哲学的に説明できるとでも思ってるの?」

 C衣はモヤに対してなんの感情の起伏もなく返答した

「月は人類のもの」

 ああ

 大人気ないって思う

 でも、どうしてもおさえられなかった

「おい!お前!何様なんだっ!?」
「えっ?えっ?」

 わたしはC衣の肩を真正面から両手で掴んでC衣の上半身ごと前後にぶんぶんした

「お前!それホンキで言ってんのか!?」

 小さな赤子を虐待する母親か父親かが我が子の体を揺すぶっておそらくは脳内出血を引き起こさせ死亡させる事件のそういうものとは決して一緒にしないで欲しい

 わたしは、人間の滅びを畏れずにはいられなかった

 だから、A斗の肩も、わしわしと掴んだ

「お前もかっ!?お前もこの女と同じ了見かっ!?」

 A斗はわたしの気迫に押されて手で拒む動きすら取れない…いや、わたしの『異形のような眼』を畏れただけかもしれない

 後ずさるB平をもわたしは許しはしない

「お前ら!今すぐ研究をやめろ!論文の掲載を取り消せ!」

 B平だけは一応は会話になる声を出した

「むむむむむむむりっひー!でぇすっすっ!」
「國語でしゃべれ!」

 モールの店員が、もう警察を呼んでいた
 
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