第95話 マスターベーションで済むの?

文字数 849文字

 わたしは視界よりもモヤの足元を観ていた。
 ハイヒールでギャランをどうアクセルワークするのかってすごい興味あったから。
 10cm以上はあろうかというヒールの尖りをマットに突き立てるようにしてテコの応用でアクセルを踏み、クク、と上げたりしていた。

 じゃあクラッチは?

 こっちはテコっていうわけにはいかないようで、ヒールの出ている部分から先の皮革部分をべったりとクラッチの面積に押し当てて、グイ、と踏み込んで切っている。
 タイトスカートから、にょき、と出ている白のタイツを穿いたモヤのふくらはぎが、常人の脚の爪先まで一本分あるのではないかっていう長さと細さで女のわたしが変な気分になる。その気配を察したのか。

「シャム。ご所望ならこのギャラン、先刻言った通り完全防音だからね」

って言って、そのあとすぐにこう言う。

「シャムは経験済み?」
「なにが」
「そういうことが」
「いいの?こんな話をしてて?」

 お遍路なのに、と言いかけたらまたモヤに先を言われた。

「シャム、マジメに言うからマジメに聴いて」
「うん」
「『そういうこと』はとても厳粛なこと」
「うん」
「でも避けては通れないこと」
「うん」
「弘法大師さまと伝教大師さまの密教の教義に関する議論も『そういうこと』について書かれた経典の部分に差し掛かると急激に深刻さを増した。書籍での伝授は無理だと。直に面と向かって教授するのでなければ真意を伝えられないと」
「どうして」
「だってシャム、自慰で子を産める?」

 一番の札所に着いた。

 霊山寺。
 モヤはわたしにせまった。

「シャム。四国へ何しに来たのか、はっきりさせて」
「えっ」
「この一番の札所で、誓いを立てるんだよ。同行ふたりの。さあ、シャム。あなたはどうして四国へ来たの?」

 考えない。

 するっ、て出た。

「捨てないから」
「それって執着じゃないの?」
「モヤ。ほんとうに捨てないとしたら?」
「ほんとうに?」
「そう。全員捨てずに、遍く拾う」
「摂取不捨、ってことか。できるの?あなたに?」
「だから同行ふたりなんでしょ」


 捨てないんだ
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